この島は日本人にとっては暑い。夜になってもそれは変わらない。湿気を含んだ風がオープンスペースの中を吹き抜ける。
 波留と久島が居るテーブルの上には、順調に空き瓶が量産されて行っていた。緑の小瓶が数本と、透明の中瓶が1本。更に彼らの手元には中身が入ったままのものが各々1本ずつ確保されている。
「――さっきの皆の話だけどさ」
「…何だったか?」
 ここまで仕事の話から他愛のない話までぐたぐたと話していたが、波留は不意にそう話を向けられ、久島は問い返す。正直、覚えていなかった。そこを波留は補足する。
「シングルベルリーチだとか、家族と過ごしたいとか」
「ああ…――」
 そう言えばそんな話をしていたかと久島は思い出した。どうも頭が回らない。熱い。そんな彼を見やりながら、波留は話を続ける。
「折角だからビールやシャンパンとか、船に持ち込んでもいいんじゃないのか?勿論皆で割り勘するとして」
「何だそれは。クリスマスにかこつけて飲みたいのか?」
「それもあるけど、実際寂しい男ばっかりみたいだからなあ」
 久島は波留の話を訊いていた。――別に、持込を認めてやってもいいかもしれないと、彼は思った。勤務中は無論駄目だが、船が帰途に着く頃には開けても構わないだろう。
 そう考えつつ、久島は別の事を訊く。
「君は寂しい男じゃないのか?」
「別に。今は彼女居なくても間に合ってるし」
 泡盛入りのコップを傾けつつ波留の口から出て来るのは、余裕の発言である。おそらく先の同僚達が訊いたらまた小突き回されそうな印象だった。
「家族の方は?」
「…別に」
 今度はコップに口をつけたまま、つまらなそうな声がした。そう言えば互いに家族の話は一切やった事がないと久島は気付く。しかし、彼はどうもその件についてはあまり話したがっていないようだった。
 だから、久島は話を変える事にする。
「付き合ってる女性は、今は居ないのか?」
「今はな」
 2歳年下の男から発せられるつくづく余裕一杯の発言に、何だか久島はむかつかないでもない。しかし、彼がそう言う人間である事は理解はしていた。今更の話である。
「気になってる女性は?」
「仕事が忙しいし、今は特に居ない」
 泡盛を飲みつつ、波留の相変わらずの態度は続いていた。
 確かにこの仕事の状況では電理研以外の人間と付き合う余裕は殆どないし、電理研自体にも女性は殆ど働いていない。現場スタッフには女性も何人か居るが、専門が合わない限りなかなか話す時間もない。
 ――そう言えば、そんな彼女らとも波留は色々な機会に話している覚えが、久島にはある。それはあくまでも只単に会話しているだけなのだが、自由奔放な印象を与えるには充分だった。久島は彼の横顔を眺めながら自分の瓶を傾けていた。
 不意に、彼には思いついた事があった。それはここ最近彼の心にあった事だったが、この話の流れで意識の表層に浮かび上がってきた。彼は瓶を口から離し、訊いた。
「――…小湊さんの事は、どう思ってるんだ?」
「…小湊さんって、うちの小湊沙織さんの事か?」
 波留は顔を上げた。問われた名をフルネームで補足し、怪訝そうに訊く。
「ああ」
 やけに力強く久島は頷いた。それを波留は目に入れつつも、顎に手をやった。少しだけ考える素振りを見せる。が、すぐにその腕を解く。
「人間として尊敬していている。同僚として、能力的にも人間的にも素晴らしい女性だと思うよ」
 波留はコップを掲げ、笑顔を浮かべてそう言った。高評価ではあるが、良くある当たり障りのない表現だった。少なくとも久島はそう捉えた。そして波留はそう言った後に首を傾げる。
「大体、何故そんな事を俺に訊くんだよ」
「いや、何となく」
「何だそれ」
 波留は呆れたような顔をしていた。その表情を受け止めつつ、久島は思い切って、言った。
「…彼女、お前の事が好きなんじゃないか?」

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