それから程無くして、先程の女性店員が軽い料理を持ってくる。香辛料が良く利いた鳥の唐揚げやフライドポテトが並べられ、波留から金を受け取って笑顔で去ってゆく。ちなみに野菜の類が欲しかった久島だが、波留からの「こう言う場所で生野菜は止めておけ」の一言で却下されている。 久島はもう場慣れしている人間に任せる事とした。自分に出来る事と出来ない事があり、それは波留にとっても逆の事が言える。彼らの関係は何においてもそんな感じだったので、今の状況も素直に受け容れる事が出来つつある。 取り皿に割り箸と言う環境はアジア共通のものらしい。とは言え彼らは既に食事は終わっていたために食はそれ程進まず、専ら飲む方に比重が傾きつつある。しかし瓶のため、コップのようになかなか一気に飲むことも出来ない。結果、ちびちび傾けながら会話をしてゆく。 「君は探究心が強いからな」 「そんな、大袈裟な」 「同じ事さ。様々な事を知りたいから日常においてもこう振る舞うんだろう。私の興味の対象は研究のみだからな」 「知りたい」と言う欲望は久島にもある。しかしそれは普遍的な全てには向かわず、あくまでも研究に関する事のみだった。しかし波留の知への欲望は、どうやら全てに向かうらしい。 だからこそ何もないはずのこの島のあちこちを出歩き、今の状況を作り出しているのだろうと久島は思う。これは素晴らしく、また凄まじい資質であると彼は考えてしまう。全てを知りたいからこそ、全てからの入力をも受け容れる事が出来るのだから。 「実利があるのはお前の方だろう」 「君はそんな性格だからこそ、地球律と言うものを感じ取れるんだろう。他人が知ろうともしない事を探知出来るのだ」 地球律と波留自身が名付けていたその現象は、実質的に波留以外の誰も、どんな装置も、観測する事が出来ていない。そのために彼の提唱を信じる者は殆どいないし、彼もそれを理解しているらしく声高に提唱はしてこなかった。 しかし実際にそれはそこに在る事を、久島は信じた。そうでなければ現在のこの海域の異常な状況が説明つかなかった。だから、波留からその提唱を訊いた時、凄まじいショックを受けると同時にこの人間が居なければ自分の研究は進まないと直感した。 そして今は環境を整え、地球律を客観的なデータとして証明しようとしていた。波留のセンサー能力が優れている故に地球律を観測出来るとするならば、波留自身をセンサー端末として機械的にモニタリング出来ればいい――それが海洋シミュレーターとしてのメタルの概念であり、彼が進める研究である。 一方、当の波留はテーブルに腕をついて久島の台詞を訊いていた。顎に手をやり、少し笑って言う。 「それはそれは、俺をそこまで高く評価して貰って。御丁寧に」 久島は波留のその台詞と態度に、茶化されたような気がした。どうも波留は久島の評価を真面目に訊いていないらしかった。その態度に、久島は自然に眉が寄る。多少腹立たしくなる。持っていた瓶の底をテーブルにつけた。 「…折角お前を持ち上げてやってるんだから、真面目に聞けよ」 同僚にすらなかなか理解されない波留の才能を久島は高く評価している。それを認めて語っているのだから――と、久島は思ってしまった。 「酒飲みながら真面目にと言われてもなあ…」 波留はそう言って、緑色の瓶を傾けていた。数口飲む。ふと、思いついたようにその瓶を久島に向かって掲げた。話を持ちかける。 「――まあ、何だったら、愚痴訊くけど?」 「何だそれ」 「上に難癖つけられてむかついてるようだったし」 波留のその台詞に、久島は思い出した事がある。確かに彼の表情が変わった。 「…評議会がまた横槍入れてきたよ」 久島はうんざりした表情になっていた。彼は瓶をテーブルに置いた。割と強い衝撃だったらしく、瓶とテーブルは高い音を立てた。近くの取り皿に置かれていた箸が、皿の上で少し動く。 その話を訊き、波留は瓶をテーブルの上に置いた。そのまま椅子に深く寄り掛かり、腕を組む。 「うちも急な調査なのにか」 「環境分子の追加散布が決定される可能性が高い」 久島は苦々しい表情でそう答えた。 評議会とはこの建設中のメガフロートの運営方針に対する決定権を持つ機関である。その委員は各国から選出され、メガフロートに関わる人間達は評議会の決定からは逃れられない。今後建設が進み島が完成した暁には、国家政府に匹敵する強大な権力を持つ機関となるだろう事は誰もに予測されている。 全てが発展途上であるが故に、それを統治しようとする組織は強権的になってしまう事は否めない。様々な変更が突然告知される事も多く、研究者側としてはそれによって今までの実験を無意味なものとされては人的資源や資金の浪費となり、たまらない。そのため、電理研は評議会に太いパイプを保ち、情報収集には余念がない。そこから現在の実験の責任者である久島に情報が回ってきたと言う訳である。 しかし一旦決定された事は覆らないし、決定されようとしている事を押し留めるだけの権限も電理研にはない。僅かな時間を稼ぐから、現場で対処しろと言う事である。そうは言われても、現場に出来る事は多くはない。だから久島は苛立たしい。 |