翌日、久島は地上区画に存在する葬祭場を訪れた。
 今回ばかりはいつもの淡色のスーツではなく、黒服に黒ネクタイで固めている。紛れもない喪服姿だった。彼の地位と年齢にもなるとそれを着る機会も多くなっており、居住しているプライベートルームのクローゼットには一式を常備していた。
 今日の天候では、僅かに雨がちらついている。居住区画には雨が降り込まないようにスマートマテリアルで守られているのだが、葬祭場の区画はその防護範囲から外れていた。
 どちらかと言えば年齢層が上の、多数の人が訪れる葬祭場だと言うのに天候に左右されるのは不便ではある。しかし逝く人間を空に送る儀式を鑑みれば、空を何ら遮るものがないこの立地条件こそが相応しいのかもしれなかった――たとえそれが後付け理由であったにせよ。
 その葬祭場の近辺の道路にて、久島は社用車から降り立ち、傘を差す。運転手を務めるアンドロイドには迎えの時間を告げ、その車を一旦送り出していた。
 多忙さ故に、彼は通夜には出向けなかった。葬儀も式次第全てに付き合えるかどうかは判らない。
 しかし、彼自身は、それらは言い訳に過ぎないと自覚していた。
 時間を作ろうと思えば、いくらでも作れる。彼はそれだけの地位にあるはずだった。なのに、それをしないのだから。
 だから彼は黙り込んだまま、参列者の一員と紛れた。全身義体の老人は現在の科学技術においてもなかなか見受けられず、彼の容貌は参列者の中では年若い印象を与える。
 しかし、彼の存在は、人工島内では知れ渡っている。怪訝そうに誰かが呟けば、すぐに隣の人間がその正体を告げる。会場のあちこちでひそひそと囁く声が発生していた。
 ――電理研に篭もっているはずの久島部長も、この葬儀には参列するのか?
 ――このネオブレインは創業時からの付き合いだと訊く。現在の託体ベッドのトップシェアメーカーなのだから、人工島を統べる電理研と言えど付き合いを損ねないに越した事はないのだろう。
 ――それにしても珍しい…義体もアバター通りの姿なのか。リアルでは初めて見た。
 そう言ったある種の好奇の視線に晒されつつも、久島は進む列で自らの番を待つ。顔を上げると、そこには小湊沙織の肖像画が掲げられていた。老いてはいるが、美しい姿がそこにある。
 義体化を勧めた私は、彼女には悪魔のように見えただろうか。
 その肖像画を眺めていると、久島の脳裏にそんな想いがよぎっていた。
 しかし、彼女はその道を選ばなかった。
 その理由は、私には痛い程判っている。それが人間として通常の論理だと、理解している。
 彼女は、波留を選んだのだ。波留と共に老い、いつか共に生きる事を望んだのだ。そのための共同研究だったのだ。
 ――彼女は遂に、私個人には目もくれなかったのだ。実験開始から30年間、共に居たと言うのに。
 久島の考えがそこに至る頃に、彼は棺の前に立っていた。
 彼は無言で花を2本取り、その棺へと献花した。
 棺の中から垣間見えるその老女の顔は、死して尚美しかった。少なくとも久島は、そう感じた。
 
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