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2059年現在、久島永一朗と言う人物は人工島の地位を極めているが、彼の生活にその栄華は全くと言っていい程に現れていない。 彼は別荘はおろか、自宅と言うものを所有していない。勤務し実効支配する電理研の最深部にプライベートルームを保持していた。それが彼唯一の私邸である。 そのプライベートルームすら、応接間と寝室のみを備える間取りであり、決して狭くはないが過剰な広さもない。私物の類はまた別に貸金庫に保管している。それでも莫大な資産と比較すると、質素な生活と言えるだろう。 とは言え、本来ならば居住区画ではない電理研最深部に居を構えている事実は、彼の地位を明確に表してはいる。しかしそれは高い地位からではなく、電理研統括部長との特殊な地位に拠るものだった。 久島部長はメタル黎明期からの開発者であり、現在も最高管理者の任に就いている。そしてメタルが現在も流動的な機構である以上、何らかの緊急事態が何時なんどき勃発する可能性も存在していた。 そんな彼は、呼び出されたならばすぐに電理研に駆けつける事が出来る場所に居なければならない。現在の人工島ではアバター通信が一般的だが、メタルが落ちたらそれも使用出来ない。 ならば、そのリアルの肉体をリアルの電理研に向かわせて処理に当たらねばならない最悪の事態もあり得るだろう――それを思うと、彼は電理研外に自宅を構える気がなくなっていた。いっそ電理研内で暮らせば、何時でも緊急事態に備える事が出来るのだから。 同様の理由から、彼は人工島を離れる事が出来ない。外部の人間との折衝は、アバター通信を用いるのみとなる。 世界の如何なる有力者相手でも彼はそのスタンスを崩す事はなく、その現状も彼の神格化を後押ししているのかもしれなかった――久島自身にしてみれば、実利を追求した末の不自由な選択だったにせよ。 ともかく久島は何事もなければ朝には目覚め、そのプライベートルームで身支度を整えている。 脳だけは生身である以上は、一定時間の睡眠での休息は絶対に確保される必要がある。しかしそれ以外の彼を構成する要素は、人工物である。 人工皮膚は最低限の新陳代謝しか行わないため衣服に体臭はつかないし、同様の理由から毛髪や爪も伸びない。制動系プログラムの設定変更をしておけば、睡眠中に寝返りを打つ事もなくなるために衣服が乱れる心配もない。 それでも彼は、生身の人間のように朝を過ごす。顔を洗い衣服を着替え、紅茶とサプリメントではあるが朝食を摂る。そのペースは生身であった頃と何ら変化していない。 勤務先である部長オフィスに到着する時間帯は、日によって決まっていない。少なくとも定時には出勤してはいるが、メタルの状況を見てそれよりも早く出ている日も多い。 もっとも電理研とはその業務内容から不夜城であるが故、統括部長の出社時間が多少早まろうが気を遣う職員は多くはない。それに、リアルの部長と通常接するのは秘書型アンドロイドとなる。他に彼の姿を目撃出来る場所はリラクゼーションルームであり、それも彼と安息義務の時間帯が被らなければ不可能だった。 |