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扉をくぐり廊下に出た久島だったが、足を止めずにそのまま進んでゆく。背中には窓から注いでくる夕陽を感じていた。しかしそれも雲と闇に陰りつつある。日没が遅い人工島においても、そろそろその陽は沈む頃だった。 電理研直属機関の入院病棟の最上階と言う、人工島の住民の中でも相当に選ばれた立場の人間しか入院出来ない階層を、彼は歩いている。 彼はこれからどんどんと下へと潜ってゆく事となる――海底区画の相当な深度と言う、別の意味で選ばれた人間しか立ち入れない領域へと。それが電理研最深部であり、彼のプライベートルームの位置であった。そこに人間の姿は一切ない――義体である彼を含めて。 やがて久島はエレベーターの前へと辿り着く。そこに併設されているコンソールに手をかざしてアクセスし、個室を呼び出せばいい。それは、メタルが社会基盤となっている人工島では有り触れた操作である。彼はその動作を実行すべく、右手を持ち上げた。 しかし、その動きは中途半端な時点で止まる。右手が胸の前で静止した。 彼はその右手を上から見ていた。全く生身の人間と変わった様子のない、その義手に視線を注いだ。 全く、技術の進歩とは偉大なものだ。義体の進歩にも付き合い続けたこの50年間だった。現在使用している有機体素材の義体ともなれば、認識プログラムなしではまず正体がバレないのだから。 自分が義体と判明するのは、この義体素材が人工物と見抜かれての事ではない。「電理研統括部長である久島永一朗は、80歳の老人」――その周知の事実があるからだ。この事実は人工島島民のみならず、世界中の人間にも知れ渡っているらしい。全く、有名になり過ぎたものだ――。 老いない人間を実現させる。その欲望を満たすためには、それこそ悪魔に魂でも売らなければならなかったのは、果たして何時の時代だろうか? それとも――今の時代でも結局そうなのだろうか? 我々「人形遣い」には生物が持っているはずの脈打つ鼓動も子を成す機能も無い。その点において、「人間」を辞めてしまっていると表現しても差し支えはない。 人間である術を捨ててまで生き続けるのは、それこそ悪魔に魂を売ってでも叶えたい願いがあるからではないのか? お前は、今更その選択を、後悔するのか――? 「――…残念だよ。小湊さん」 久島が低い声でその台詞を発した時、彼の瞳は冷たい光を放っていた。 |