波留は溜息をつく。疲れを覚えてきたので、ベッドのリクライニングを使った。自分で操作して上手い具合に寄りかかって座れる程度の角度に設定する。ゆっくりと彼はそこに背中を預けた。頭を乗せると心地良い。
 彼は軽く瞼を伏せ、開ける。傍に立っているホロンを見た。
「――君に訊きたい事があるんだ」
 それは、海中にて波留がホロンに言った台詞に似ていた。彼はホロンに色々訊いてから、マスター認証をするかどうか決めるとしていた。だからホロンもその件の事かと認識し、微笑んで応じる。
「お答えします」
 しかし、波留の質問はホロンの予想外の方向から飛んできた。
「君は介助用アンドロイドと言ったね。なら、他の機能はないのかな?」
「…と、仰いますと?」
 ホロンも思わず戸惑い、一瞬判断が遅れた。そして何と答えるべきなのかも判らず、問い返していた。波留は片手で示しつつ、問いを明確にする。
「君は溺れていた僕を助けた。それは何らかの機能の賜物かい?」
「波留様をお守りするという任務に基いた行動であり、あれは私の基本設定内の行動です」
「と言う事は…――君は、今の状態で海に潜れるのか」
 呟くように波留は言った。顎に手を当て、何かを考え始めているような顔をする。その彼を見やりつつ、ホロンは自らの設定を語った。
「特殊パーツを装着しない限り、生身の人間と同じようにしか潜れませんが。もっとも私に呼吸の必要はありませんので、水圧で圧壊しない程度の水深でしたら理論上は何処までも可能です」
「そこまで凄い事はしなくていいんだ。――僕は君に、介助以外の他の設定をつける事は出来るのか?」
「波留様がマスターになられた場合ならば、システム管理者同様に、御自分で開発なさったプログラムや、メタルで入手出来るファームウェアを私にインストールする事は可能です」
「その事実を、君は久島に報告する?」
「煩雑ですのでその都度報告はしませんが、別件で通信の機会がありましたら」
「僕が報告するなと命令すれば?」
「マスターの命令は任務に差し障りがない限り、絶対です」
 矢継ぎ早の質問が途切れた。不意に波留は掌を合わせた。軽く音がする。
 そして彼は、真剣な眼差しをしてホロンに尋ねた。それは今まで彼女には見せた事がない視線だった。何かが、瞳の中で光っている。
「君に海に潜って貰ってデータを取って貰う。極端に隠蔽する必要はないが、少なくとも、普段僕が何をやっているのか久島に訊かれても、答えない。――これは僕の介助と言う本来の任務に差し障るか?」
 ホロンは黙った。瞼を伏せる。彼女にしては、長考する。
 やがて、すっと瞼を開け、口を開く。慎重な口調と面持ちで、言った。
「………マスターが私の傍にいらっしゃるなら。マスターに何かあった時に私がすぐにお戻り出来る環境なら。差し障りないかと思います」
「…そうか」
 波留は俯いた。視線を落とす。口元に手を当てる。結ばれていない白髪が彼の頬にかかり、ホロンから表情を見せなくさせていた。
 ともかく彼女は話を続けた。少し困ったような表情をして、波留に言う。その内容が、若干波留にとって不利益であるように、彼女には思えたからだった。
「但し、私には定期的なメンテナンスが必要で、電理研でチェックを受けなくてはなりません。その際に私に何がインストールされているか、明らかにされるでしょう」
「定期的と言うと、具体的には?」
「半年に1回です」
「人間の健康診断レベルだね」
「そのようです」
「…良し、判った。質問は以上だ。ありがとう」
 波留はそう言って顔を上げた。ホロンを見上げて、口元を綻ばせる。少しだけ笑ってみせた。

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