波留は自分の考えや態度に疑問を感じ、話を変えた。軽い気持ちで、半ば冗談のように、ホロンに尋ねる。
「僕が海に落ちた事を久島に報告したのかい?」
「はい」
 ホロンの答えは簡潔かつ単純だった。
 波留はまさかとは思っていた。しかし本当に報告済みだとは、波留には信じられなかった。やはりそう言う義務もプログラムされているのだろうかと、目の前に立つアンドロイドに対して思う。
「こんな時間だと言うのに、彼はそんなに暇なのか」
 その波留の声には呆れが混ざっていた。それにもホロンは淡々と答える。
「アイランドでは有線通信でしかメタルに繋げませんので、久島様のオフィスの通信モニタに連絡させて頂きました。車椅子の手配も早く行うべきでしたし。そうしたら、丁度久島様がいらっしゃったのです」
 前のもの同様に電理研経由で車椅子を手配すると言う話は、桟橋の上でホロンから波留も訊いていた。だから電理研と通信をしているだろうとは彼も認識していた。しかし、まさかそれが電理研は電理研でも久島経由となるとは思ってもみなかった――いや、半ばは思ってはいたが、信じたくはなかった。
 新しい車椅子の申請をした以上、おそらくは、波留との対面の予定を前倒しにした事を久島に報告しただろう。ならば、波留が海に落ちた件についても触れなくてはならない。そうでなければ、アンドロイドである彼女が当初の予定を破るなどと言う事はあり得ないのだから。
 波留は海への転落をホロンに口止めはしていなかったし、マスター認証を受けていない現状では、波留の存在はホロンのシステム管理者とおぼしき久島のそれより完全なる上位に位置している訳ではない。基本理念としては人間に忠実たれと設計されているアンドロイドは、都合よく嘘をついてはくれない。
「それで彼は何と言っていた?」
「波留様が無事なら良いと」
「そうか…」
 それは一体どういう意味だと波留は思うが、又聞きなのでどうとでも解釈出来る。
 本気で疑問に思うならばいっそ自分から通信すればいいのだが、アイランドにおいて波留も久島もどちらからも相手側に通信を試みた事はない。いつも、誰か他人を介している。ふたりの関係は50年前とは違っていた。

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