波留はゆっくりと瞼を開けた。 何も変わってはいない。先程眠りに就いた、自分の病室の風景が彼の視界に入ってくる。大きな窓の向こうは未だに暗く、夜が明ける予兆もない。どうやら短時間の眠りのようだった。 腕をベッドに立て、腰をずらして軽く身体を浮かせる。少しだけ彼は上体を起き上がらせた。ベッドの上で座る状態になる。ベッドをリクライニングすれば楽に動けるのだが、彼はそうはしなかった。 被せられていた毛布が身体から剥がれ、膝に掛かる。眠っていたために髪は結んでいない。今までベッドに押し付けられていた髪がはらりと落ち、首筋や肩や背中の上部に掛かった。 「――波留様。まだお休みになれる時間帯ですよ」 彼が気付いた時にはホロンがすぐ傍にいた。邪魔にならないように気配でも消していたのだろうか、それとも波留が目覚めたらすぐに用件などを伺えるように出向くようにしているのか。人間ではなくアンドロイドなのだから、人間には難しい事も可能なようにプログラムが走っているのだろう。 「いや、僕はあまり眠りたくないんだ」 「眠らないとお身体に障りますよ」 口調は穏やかではあるものの内容は偏屈老人のそれのようである波留の台詞だったからか、ホロンは介助員としてのテンプレートのような答えを返す。その応対に波留は苦笑した。 相手はアンドロイドなのだから、人間の行動を鏡のように返してくる事があるものだ。その様子に、他者から見れば自分は本当に馬鹿げた事を言っているのだろうと彼は自覚せざるを得ない。片手を頭にやり、自らの白髪をなぞった。 「…恥ずかしい話、眠るのが怖くてね」 その台詞を口にした時、彼は苦笑を浮かべ続けたままだった。 「次に目覚めた時は何年経っているのだろうとか、或いは逆に元に戻ってはいないかとか――また50年経つとすれば今度はもう二度と目覚めないのではないかとか、変な事を考えてしまう」 ホロンは黙って訊いていた。彼女のAIが反応出来ない類の話なのかどうなのか、波留には判らない。自分でも言っているが、変な事なのである。しかしそれは彼にとって、眠ろうとする際にたまに沸き起こる恐怖めいた感情だった。 とは言え、眠ったまま死ねるのなら、彼にはそれはそれでいいような気もしていた。本当に恐ろしいのは、これ以上何もかもに置いて行かれる事だった。 日本の昔話に浦島太郎と言うものがある事を波留は知っている。果たしてこの物語の恐ろしさとは、時代に自分だけ取り残されて百年経った事なのだろうか。それとも、玉手箱を開けた瞬間に百歳年老いた事なのだろうか。自分は、どちらにも似たような事を体験している。 ――が、それをほぼ初対面のアンドロイドに吐露した所でどうするのだろう。波留は今までには誰にもそんな事は言った事はない。 |