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「そんなに彼は僕をメタルに繋ぎたいのか。つくづく諦めが悪い男だな」 それは独り言だった。彼にはもうホロンに聴かせているつもりはない。 「ならば、何故人工島ではなく、僕をアイランドに送っていたんだ。人工島なら、僕が目覚めた時点ですぐに繋げただろうに」 そこまで言って、波留は頭をベッドに預けた。リクライニングしていたベッドが重みを受け止める。 メタル接続の補助のために設計されたベッドとは言え、寝心地は通常のベッドを変わりはない。そもそも横になった際の心地良さがなければ意思の安定もあり得ないので、当然の話だった。 「そうしていれば、職員を何人も寄越して、その都度僕に追い払われる事もなかったのにな」 波留は今日の夕方の出来事を思い起こす。悶着に巻き込まれたのは、今回訪れたあの職員が初めてではなかった。そして今回遂に、互いに実力行使に出てしまったのだ。 「そもそも、何故――」 言いかけて、台詞が途切れる。彼はそれ以上は言わなかった。只、中空を見つめる。暗い病室の壁面に張り付くガラス窓の向こうでは、夜闇に白く輝く月がぽっかりと浮かんでいた。その付近に掛かる雲は、光の具合で紫色にも見える。 ――何故、君自身が、会いに来ないんだ。 歩けもしない僕には用はないのか。失望したか。 しかしそれならば何故、メタルに繋がれと言うのか。昔のように実験台にでもするつもりか。眠っている間に勝手に電脳化してしまって、お膳立ては充分のつもりだったか。 ――そう、簡単に行くものか。行かせるものか。 「ホロン」 「はい」 ホロンは、外の風景を眺めやっているように見える波留から改めて名前を呼ばれた。彼女はそれに応答する。 波留はホロンを見ていない。相変わらず窓の外を見やっている。夜闇に浮き上がる月の光が窓から淡く差し込んできているが、それを浴びている波留は病室の闇に溶け込んでいた。その彼からホロンに対して問いが来る。 「メタルは海にも喩えられるのだったかい?」 明確な質問にホロンは一瞬躊躇した。眼鏡の向こうに波留の姿を見つめた。しかし、答える。 「…私の意識はAIに存在しますのでメタルダイブしてもそのようには感じられないのですが、人間である電脳ダイバーの方々は正しく海のように扱うそうです」 「そうか…」 その言葉と共に、起き上がった上体をベッドに預けていた波留の肩が軽く落ちる。腕から力を抜いたらしい。 「メタルは、海か…そして僕はこのベッドで眠っている。通常ならばメタルに繋がるらしい、このベッドで」 身体から力を抜くと、伸びた白い髪が顔に掛かる。彼はそれを少し鬱陶しく思う。しかし、それ以上何をするでもない。只、外の風景を見やっていた。そして乾いた声が病室の静寂を揺らしてゆく。 「だから、僕はろくでもない夢ばかり見るのか――」 波留の口から苦笑が漏れる。右手を挙げて口許にやった。若干隠れた唇から、声となった笑いが零れる。彼にとっては笑うしかない事だった。 電脳ダイバーと言う概念は、彼も知っていた。メタルにおける職業ハッカーの総称。メタルの環境モジュールが海である事から、そう呼ばれるらしい。外部からソースコードをコーディングする代わりに、五感を用いてメタルの海を縦横無尽に泳ぎ回る人々――それだけの知識は持っていた。 しかし僕は、折角海の夢を見ても、そもそもこの身体ではもう潜れないのだから、溺れるしかないと言う事か――。 久島。君は、こんな僕に一体何をやらせたいんだ? 波留の脳裏には、冷徹な研究者としての旧友の視線が思い浮かんでいた。 |