2030年

 いい歳をした男が泣き腫らした顔など、あまり面白みのあるものではない。
 衝動的な感情をどうにか収めた私は、ガラスに映る自らの顔を眺めてそう思った。目許が紅い。暫くはこのオフィスから出ないようにしよう。
 溜息をつき、私は机の引き出しを開けた。またあの集合写真を取り出す。思えば、今日これを眺めていたのは、予兆だったのだろうか。ペーパー型モニタに映し出されるデジタルデータであるこの写真は、前時代のアナログ写真と違って色褪せる事もない。この写真の中には永遠にあの頃の我々が生き続けている。
 ――望みは、出てきたのかもしれない。
 そう考えると、思わずモニタの端を掴む指に力が入った。その部分の映像が若干乱れる。
 彼女の理論が実現するならば、波留の意識にメタルダイバーがダイブしてサルベージ出来るかも知れない。成功すれば、波留は目覚める。現実世界に生還する事が出来る。失った年月は元には戻らないが、それ以上喪われる事はない。
 ふと、私はまた窓ガラスを見やった。そこには私の顔が映っている。老いを感じる顔が。写真の中の私とは明らかに違ってきている。時の流れは停められないのだから、仕方のない話だ。
 ――今まで、そう思っていた。思い込んでいた。
 その思い込みが、私に、波留のために、何もさせなかったのではなかったか?
 乱れる画像の端を掴んでいる指が視界に入る。有機体で造られた義手。技術の進歩とは本当に素晴らしい。そしてそれは何処までも発展して行っている。
 写真の上に、水滴が落ちた。中央の、波留と、小湊さんと、私が並んでいる辺りに。写真はデジタルデータだから変質しないとは言え――全く、良く泣く男だ。自嘲気味に笑ってしまう。
 私は水滴を指先で拭った。写真をまた机の中にしまい込む。目頭を手の甲で擦り上げた。水の感触が伝わってくる。
 ガラス窓を見やった。自らの顔を、睨み付ける。我ながら、その瞳に映っているものが何なのか、把握しかねた。
 ともあれ。――覚悟が、決まった。

 
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