返答は後でする旨を営業に伝え、彼を退出させた。実際問題として、これは様々な調整が必要だったから。彼も納得して帰っていった。おそらくは彼は胸を張って帰社するだろう。 私は最早平静ではいられなかったのだ。だから、他人には早急にここから出て行って貰いたかったのだ。 世の中から隔絶されて20年にもなろうとしていた波留が、あまりにも唐突に引きずり出されようとしている事。そして。 ――やりたい事が出来た。 彼女は、電理研を辞職する際、そう言ったではないか。私はあの時から今まで、それは全く別の事を指しているものだと思い込んでいた。こんな研究など捨ててしまい、もっと別の分野に視野を広げたものだと思っていた。そうやって幸せを得たのだと、この18年間思い続けていたのだ。 しかし――もしかして、やりたい事とは、これなのか? ネオブレインのデータを脳内で見やる。設立は今年で、既に託体ベッドの開発をここまで行っている。これは一体どう言う事なのかと言えば、商品を準備万端の上で会社を設立したと言う事だろう。そこまでは自力で行ってきたのだろう。 彼女が辞めた時、メタルは現在のものとは異なっていた。あくまでも観測用として設計されていた。その頃から、これを目指していたとすれば、何と言う卓見だ。やはり彼女は優秀だった。 彼女がやりたかった事。――つまり、波留を目覚めさせる事。 何と言う事だ。彼女は波留を諦めていなかった。波留がブレインダウン症例に認定される以前、原因不明の昏睡だと言われていた頃から、彼女は研究を重ねてきたのか。 しかし――もっと別の事に目を向けるべきではなかったのか?君はこれで幸せなのか? もう20年も経つんだぞ。君は私同様に老いているはずだ。まさか、結婚もしていないのではないだろうな。 そこまでして波留をあの海から奪還して、どうすると言うのだ? 私は天を仰いだ。あの時、あの病室では出来なかった事をする。人工体の両手で頭を抱える。私は目を見開いて愕然としていた。――顔があの時のように熱い。歯を喰いしばるしかない。 悔しくて、哀しくて、寂しくて――見開いた目から涙が溢れてきた。 私にはそれを止められない。涙はひたすら流れてくるために私は瞼を伏せた。その上から両手で覆う。せめて声は出さないようにしようと思ったが、喉が震えるのを感じた。 何故彼女はここまでするんだ。そこまで波留を愛していたのか。きちんと付き合うだけの期間は、彼らにはなかったはずなのに。 ――彼女はそこまでしたが、私には出来なかった。メタルを開発する事が私の使命だと信じてここまで来たが、もしかしたら私にも波留のために何か出来たのかもしれないのに。それでも私は彼の親友だと、胸を張って言えるのか――? 偉い立場にあると言うのは、こう言う時にも便利なものだ。専用のオフィスだから、ここには私独りしかいない。 私はそのまま、年甲斐もなく、声を殺して泣いた。 |