2030年

 多忙な日々は何時までも続いている。
 私はあの時大きな過ちを犯したはずだったが、電理研は私の責任を全く追及せず、研究に邁進させた。それこそが彼らの利益となるからだった。
 18年前のあの出来事は、不幸な事故とされている。確かにあの人工島の崩壊自体は、天災である。しかし、それに彼が巻き込まれたのは、彼を実験に使った私のせいであるはずだった。しかし会社はそれもまた不幸な事故とした。人工島崩壊の前ではひとりのダイバーが昏睡状態に陥った事など、些細な問題であったと言うのも大きい。ともかく私は電理研を辞職する事もなく、研究を発展させ、更に出世して行っていた。
 人工島建設が頓挫して、もうすぐ20年になる。地道な作業は続いており、研究者などの小規模なコミュニティが実験的に滞在する程度の面積は確保されている。それでも当初の計画からはまだまだ進んでいなかった。大規模な入植が可能となるまでは、後10年は掛かるかもしれない。気の長い話だ。
 ともあれ、私の専門は建築ではない。私の専門である、メタリアル・ネットワークの構築は順調だった。既にこの小規模コミュニティをカバーするだけのネットワークは確立し、電脳化もナノマシンを用いての簡単なものとなっていた。
 ナノマシン投与型の電脳化は、彼の事故により一旦凍結されていた。安全性の確保が急務だったが、それもようやく終わった。
 私は自らのオフィスの机の引き出しを開けた。中にあるペーパー型モニタを取り出し、見る。
 そこに写っているのは白衣姿の数名。ひとり、形ばかりに白衣を羽織った場違いな容貌の男が居る。そんな男ばかりに混ざって、女性がひとり。あの頃の私達が、そこに居た。しかし今の私には、頭に白いものが目立ち始め、顔にも皺が刻まれていた。
 あれから20年にもなろうとしているのに、彼は未だに目覚めない。
 眠り続けているからと言っても、現実は童話などとは違う。彼の時は停まらない。彼もまた、私のように老い始めていた。しかし彼は私とは違い、この18年間何もしていない。只、時間を浪費しているだけだった。彼は好きでそんな状況にある訳がない。これは私の責任だった。
 私は未だに彼の病室に通い続けている。しかしその間隔は徐々に開きつつあった。今では2,3ヶ月に1回と言うペースだ。むしろ、まだ通い続けているのを病院側に気の毒がられている状況だった。
 最初の数年は、まだ希望を持てていたのだ。しかし今となっては、彼の顔を見ても後悔の念を突きつけられるだけだった。それに、もう彼に話す言葉も尽きていた。彼との共通項がなくなりつつある。意識としての彼の時は停まっているが、私の時は流れ続けているのだから。
 私はそんな日々を送っていた。

 
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