プラントは海上にあるために、春の海から爽やかな風が常時届いている。彼女の髪が揺れていた。 不意に、小湊さんは私を見上げる。目を細め、微笑んだ。 「――私、やりたい事が出来たのよ」 「そうか」 私同様に彼女も研究一筋だっただろうが、この事故で別の方向に目を向けるきっかけとなったのかもしれない。そのやりたい事がこの電理研では不可能なのだろう。もっと別の場所が必要なのだろう。 「だから、電理研を辞めるの」 彼女は笑顔を浮かべたままだったが、きっぱりと私に言った。その瞳に迷いはない。何かから逃げようとしているとか、そう言う後ろ向きな感情も見られない。 「そうだな。他の目的があるなら、その方がいい」 私は笑った。彼女の判断に納得した。 そうだ。彼女はまだ若い。20代なのだ。 こんな所で寄り道していても駄目なのだ。今回の件は、変な男に捕まった――それ位に思っておくべきなのだろう。何も波留ばかりが男ではないのだから。こんな事になったからと言って、同じ男を何時までも思い続けなくてはならないと言う決まりはない。むしろきちんと吹っ切る方を、男の側は望むのではないだろうか。 波留の気持ちは何処にあるのか、判らない。しかし私は、せめて彼女位は、幸せになって欲しかったのだ。 私自身は、もう無理だから。親友であったはずの――私を信頼してくれていたはずの波留をこんな目に遭わせておいて、自分だけ幸せになろうなど、馬鹿で愚かな考えだから。 彼女の瞳は透き通っていて、光を帯びていた。 |