と、彼女の顔がほんの少しだけ曇る。呟くように小さな声で言う。 「――…波留君、まだみたいね」 「……ああ」 それが、私の前に立ちはだかる現実だった。 「でも、久島君が彼の保証人にならなくても」 「書類上で形式的な事だよ。医療費は会社が全額出しているしね」 彼女の言葉に私は苦笑した。確かに、血縁関係や親族でもない第三者が保証人になるとは、彼に対するかなりの介入と思われるだろう。しかし私にはこれがそれ程大事とは思えなかった。 彼のための金とは言え、意識不明の人間にそのまま医療費を渡す訳にはいかない。会社の手続きと法律上、金銭をきちんと運用出来る立場の人間を介する必要があったのだ。あれから、私はその役目を負っている。 無論、私の治療費も別に支払われている。私の怪我もまた、仕事中の事故に拠るものだからである。本当に電理研と言う会社は、金銭的には素晴らしい所だ。 「彼にはそう言う人は他には居なかったの?」 「いないみたいだ。あんな奴だが、実は家族が全く居ない人間だったようだ」 それは私も全く知らない事実だった。 事故後、血縁者に連絡を取ろうにも、書類上は全く見当たらなかったのだ。孤児なのか、子供の頃に死別しているのか、それとも何らかの事情で勘当されているのか…何せあんな事故でこんな事態に陥っているため、そこまで突っ込んで調べる気も起こらなかったし、時間も足りなかった。 しかし、実は相当に孤独な人間だったようだ。私と付き合っていた奴の姿からは、全く、想像がつかない人となりだ。 だから、あんなに海にのめり込んでいたのだろうか。自分独りの力のみで潜るしかない――孤独で在るしかない海底を目指したのだろうか。親友であったはずの私には判らない。 「たまには会ってるの?」 「まあ、忙しいが、1週間に1回は」 目覚める足しになるかは判らない。ともかく私は定期的に彼の元を訪れ、彼に話しかけていた。研究の現状など、いつもの話を。いつもあいつにしていた話の続きを。きっと、起きていてくれたら何かしらのヒントをくれたであろう話を。 しかし、この義手を付けた姿を晒すのは、少し気が引けた。自分だけ、元の姿に戻るのだから。 彼が眠り続けて4ヶ月になる。生存のために最低限必要な栄養分は点滴などで与えられているが、徐々に痩せ細りつつある。ダイブとは海を相手にするだけあって、かなりの体力を必要とする。ああいう奴だが身体は相当鍛えている奴だった。 今ではその見る影もない。元から結ぶ程に長かった髪も、すっかり伸びてきた。そろそろ切ってやるべきなのかも判らない。 生命維持装置は一切必要としないが、ひたすら眠り続けている。惰眠を貪っているような姿だが、これが何故目覚めないのか、医師にも未だに理解出来ないようだった。これからも理解出来るのか、それすら謎だった。 |