あの事件によりプロジェクトに大打撃を受けたとは言え、それで仕事がなくなる訳ではなかった。まずは事故の後処理と、それが終わったらプロジェクトの見直しが行われる。 私のチームからは波留真理と言う研究者兼ダイバーがひとり失われた。しかし他に犠牲者は居なかったし、自発的な脱落者も出なかった。彼を失った事により、却って全員が団結したのかもしれない。 私も軽くはない怪我を負ったが、2週間程度入院した程度で復帰した。その病室にも仕事を持ち込んでいたために、あまり仕事に穴を空けた気分はなかった。私もまた、波留のためにも仕事を進めなくてはならなかったのだ。 が、新しい季節になれば、流れが変わる。この位のスパンとなれば、そろそろ事故を吹っ切れてくる人間も出てくるものだった。 「――小湊さん」 その日、プラントに出向していた私は、そこに居た彼女を呼び止めた。彼女の動向に関して、気になる話を訊いていたからだ。 小湊さんは、特に急ぎの用事もなかったらしい。私の声に足を止め、私の方を振り向いた。 「小湊さん。電理研を辞めるんだって?」 そこに投げかけられた単刀直入な私の台詞に、彼女は少し驚いたような顔を見せた。が、すぐにはにかんだ。 「ええ」 私の台詞に対して、彼女の答えも簡潔だった。 「そうか…」 私は軽く頷いた。残念ではあるが、何となくそうなるのではないかと言う気はしていたからだ。一応訊く。 「別の会社から、引き抜きでもあったのかい?」 そう言う話は私にも来た事がある。そして彼女の頭脳ならば同業種の他社からも引く手あまただろう。無論、この電理研の金銭面の条件はかなりのレベルであるし、仕事もやり甲斐がある。しかし人間はそれらのためだけに働く訳ではない。 が、彼女は微笑んで、ゆっくりと首を横に振った。 …私には、彼女の気持ちが判らない訳ではなかった。あんな事になった今、ここに居ても辛いだけだろう。引き抜き云々ではない事位、判っていた。今まで研究に費やしてきた日々への対価は、彼女にも支払われているはずだ。おそらく贅沢しなければ数年は何もせずに生活出来るだろう。 「再就職先はこれから探すにせよ、君なら何処でも必要とされるよ」 私はそう言って彼女の肩に手を置いた。――左手を。 彼女は首を傾けた。自らの肩に置かれた私の手を見やる。 「久島君も義手に慣れてきたようね」 「まあ…1ヶ月も使っていればね」 私は彼女の肩から手を離し、そのまま左腕を肘から曲げてみせた。指を軽く握り締める。微かに機械めいた機動音が聴こえてくるが、遠目ではまさか義手とは気付かれないだろう。人工皮膚も精巧だった。 「この分なら右手も義手にした方が便利かなと思っている所だよ」 私は右手を見た。掌や指には傷が深々と残り、治癒したものの皮膚は癒着してしまっている。数度の整形手術はしてはいるが、上手く指を動かせなくなってしまっていた。 「凄いわね。最新医療って」 この件に関しては、全くそうだ。 義手を装着した当初は、脳からの命令伝達が上手くいかない事もあったが、今では細部のアップデートと使用者である私自身の慣れもあり、生身とほぼ変わらないように左腕を動かしていた。たまにこれが義手である事を忘れてしまう。 だからこそ、私はますます自らの罪を痛感してしまう日々だ。本当に、腕や手を失っても、どうと言う事ではなかったのだから。 |