それからその足で直接、私は仕事の話をしに行った。ごたごたの中、申し訳ないとは判っているが、別室の新社長に挨拶をしに行く。この面通しもまた、互いに仕事だ。 新社長は企業のご多分に漏れず、彼女の息子だった。とは言え血は繋がっていない。生涯を独身で通した彼女は、会社を継がせるためにか、養子を取っていた。 息子を後継者とする会社にはたまに問題が発生する。起業者である1代目は確かに能力があるが、2代目は必ずしもそうとは限らないからだ。しかし、以前から彼とは仕事をした事があるが、私の体験では彼の能力には全く問題なかった。 だからこそ前社長は彼を養子としたのだろう。全く、人を見る目がある。私も部下を持つ身として、見習いたいものだ。 「――この度は…」 「いえ…」 私は彼と握手を交わし、定例句を互いに並べ合った。私は年齢上こう言う状況には慣れているし、彼もこの立場になった以上はもう慣れつつあるだろう。 「久島部長は前社長とは初期の電理研の頃からの付き合いとか伺っておりますが」 「そうなります。彼女が電理研を退職して独立したのは勿体無くもあり、しかしこの才を伸ばせたと思えば素晴らしくもあります」 和やかな会話だった。少なくとも、表向きは。私も少しは懐かしい思いがある。 「前社長と部長は合同でプロジェクトを立ち上げたりもなさっていたようで」 「ああ…彼女の体調が優れなくなるまで、付き合わせて頂きました」 これは、それ程、懐かしい話――でもない。数年前まで行っていた、まだ目新しい記憶であり、そして少しばかり痛い思い出だ。 「ともかく私も前社長のように御指導頂きますよう――」 外見上は彼よりも私の方が若輩者だ。しかし実年齢は全く違う。そんな関係の発生は、私はこの身体になってから日常茶飯事だった。 全身義体化は、理論上は殆どの人間に可能な技術である。簡潔に言うならば、脳核のみを生身として、他の全ての身体の部分を人工物に入れ替える施術である。義体と言っても機械体と有機体の2種類が存在する。無論、後者が人間らしい素材であり、その分高価である。 全身義体にすれば肉体の年齢からは解放される。脳の寿命からは逃れられないが、少なくともその他の疾患からは逃れる事が出来る。もっとも今の人工島の医療の発達は素晴らしく、資質に拠るが生身のままの老人でも肉体労働が出来る程なのだが。 それに金銭面だけではなく、義体への適応力も必要とされる。生身とは違うのだから、操作に慣れるまでに時間が掛かるのだ。それに、手先を使った細かい作業まで可能な「人形使い」は、かなり貴重な人材だった。 そう言った事情から、全身義体化に走る人間は、人工島においてもまだまだ希少である。だから私は外見通りの年齢に扱われる事が多いし、その存在自体を物珍しがられる事が、たまにある。 ともあれ、葬儀はまだ続いている。私があまり長居をしても、喪主である彼は困るだろう。挨拶を済ませた事であるし、私はそろそろおいとまする事とする。 その去り際に、彼は質問を投げかけてきた。 「――不躾ですが、ひとつ伺っても宜しいですか?」 「…何でしょう?」 私はそれに振り返って応じる。不躾とは少しばかり穏やかではないが、慣用句でもある。これからお互いに仕事上の取引を繰り返す仲になる。特に妙な話でなければ、返答するつもりだった。 「先程、何故花を2本?」 「ああ…」 彼の質問に、私は頷いた。普通、変に思うだろう。私はそれを理解する。だから、簡潔に答えた。 「――友人の分です」 「その方はどうされたのですか?」 「間に合いませんでした」 「ああ…それは…」 彼は納得の行った顔をして、頷いた。気遣うような表情を私に向ける。 私の言う「友人」は彼女より先に逝ったとか、そう思ったのだろう。我々の友人ともなれば、そう言う年代になってしまうのだから。 だから、私は敢えて、彼の勘違いを訂正しなかった。 |