2059年

 それは雨の日だった。ここは人工島とは言え、天候は自然のままだ。環境分子で操作を試みようとはしているが、平時まで操作するメリットはない。ともかく斎場の周りにはまばらに傘の花が咲いていた。
 その日、私は普段の白衣ではなく、黒服に身を包んでいた。――喪服だ。この立場であり、この歳になると、こう言う服を着る機会も増えてくる。
 社用車で私は斎場に出向いた。交通の邪魔になるので一旦帰らせ、独りで傘を差して斎場内へと入っていく。それなりの企業の初代会長の葬儀だけあり、参列者はかなり居る。私はその列に並んだ。
 ふと祭壇に目をやると、微笑む彼女の遺影がそこにある。上品に歳を経た老婆の顔。若い頃の美しさに思いを馳せる事も出来る姿だが、この現在の姿をも素直に美しいと思える凛とした容貌。
 参列の番が来た私は、花を2本取り、献花台に捧げ、一礼した。
 周りの参列者が私を見て口々に何か言っているらしい。私の献花のやり方が気に障るのか。それとも私が参列者の中では分不相応に若造だからか。
 ――違う。彼は電理研の統括部長だ。
 ――全身義体だったか?
 そんな囁き声が私の耳に入ってきた。
 そうだ。私はこの場に居る人間の中では、おそらくは最年長だ。――このなりで。
 80歳である私は全身義体化済であり、2012年当時の容貌を保ったままだった。
 今回、逝った彼女――株式会社ネオブレイン前社長の小湊沙織とは違って。

 
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