「――でも、小湊さん。俺はあくまでも久島の補助だから、久島に訊いた方が確実ですよ」 「波留君も久島君の考えを理解しているでしょう?」 波留は小湊さんより年上のはずだが、彼女にはあんな口調でいつも話す。女性相手だからだろうか。とは言え年上相手の私を含む男の同僚とは、何時の間にかにタメ口で呼び捨てだ。何時から可愛げがなくなったのやら。 一方の小湊さんは、年上の私や波留を君付けで呼ぶし、口調も敬語ではない。男性相手だからだろうか。彼女の口調もいつもの通りだ。 「――波留君」 「はい?」 「ダイバーとしての仕事も、まだ続けるの?」 不意に小湊さんはそんな質問をした。波留は一瞬戸惑ったようだった。すぐに答えない。少し考えたらしい。沈黙の後に、少し照れたような声で答えていた。 「…そりゃあ、俺はそう言う約束でここに居ますから。研究の一環として潜ってますから、完全に趣味と言う訳でもないですし」 それは事実だった。私は彼にダイバーである事を求め、彼はそれを了承した。私の研究のためには腕のいいダイバーが必要であり、このプラントにはたまたま彼が居た。――いや、ここに所属している専任ダイバーを含めても、彼は私の知る中で最高のダイバーだった。 「もし、上から、他の専任ダイバーに任せろあなたは潜るな研究に集中しろと言われたら、ここを辞めるのかしら?」 「そうでしょうね」 …あっさり言うのかこの男は。そこは悩まず即答か。 いや、小湊さんの指摘のように、確かに上からそう言われてもおかしくないのだが。波留は研究者として電理研入りしているのであり、只のダイバーではないのだから。そんな彼を研究に専念させてないとなると、何も判っていない上層部からは無駄な人材の使い方と判断される可能性もある。 が、波留の場合、単に、潜れない職場には居る意味がないから、そうなったら辞めるのだろうな。私の研究の続きなどどうでもいいのだろう――全くこの男は、本当に自由奔放だ。 「海が本当に好きなのね」 そんな自由奔放な奴の性格を知ってか知らずか、小湊さんはそんな風に言った。ここからはきちんと見える訳ではないが、雰囲気からしてどうやら微笑んでいるようだ。 「小湊さんも潜ってみたら判りますよ」 「怖そうだもの」 「久島も似たような事を言いましたよ」 だから、何故私を引き合いに出すんだこの男は。しかも笑いながら――明らかにお前、私をネタにしているだろ。 私は君らダイバーのような訓練を一切していないのだから潜れないのだ。そもそも私にはダイバーとしての適性もない。私がやるべきなのは、彼らが潜って集めたデータを元に研究をする事だ。海が怖い訳ではないと、君に何度言った? しかし、意外な印象を私は受けていた。仕事一筋だと思っていた小湊さんが、こんな雑談をするなど。――雑談だよな、これ。波留がいくら冗談を言ったからとは言え、彼女も楽しそうに笑っているのだから。 「私は船の上にも行かないような、完全な内勤研究職だもの」 「人工島付近での分子の観測もあるから、たまには申請してみては?息抜きにもなりますよ」 波留の勧めに、小湊さんは、また笑う。 ――何だろう。私はこの状況の何処かに違和感を覚えた。 |