久島が長年の親友である波留真理のために義体を準備し始めたのは、相当の昔である。それこそ親友がまだ深い眠りに就いている頃からの話だった。
 何せ彼はその眠りにより永い時を失い、結果的に容貌からも若さを失ったのだ。そしてその原因を作ったのは自分自身であると久島は認識していた。
 久島はこの親友の境遇に対して深い責任を感じ、その50年間の面倒を看続けた。そしていつか目覚めた時、せめてその容貌だけでも取り返す手伝いもするつもりになっていた。そのためのこの義体である。これは波留が眠りに就いた当時そのままの若い姿を模したものだった。それは久島の記憶やそれまでの資料映像、波留の遺伝子情報などからほぼ完璧に模倣する事が可能であった。
 現在の技術レベルならば、過去の容貌を取り戻すためには様々な選択肢があった。遺伝子操作による容貌の変化も可能ではあるが、それには時間を要する。もっと簡単な方法としては、生身の肉体を捨て全身義体に乗り換える手法が存在していた。
 それは個人的な資質も必要とされるしリハビリにも時間が掛かる。言う程簡単な手法ではないが、久島自身も選択した手法だった。個人差こそあれ、もしその選択肢を含めるならば経験者としてアドバイスは可能だろうと彼は考えていた。
 義体工学とは日々発展を続けている技術である。現在においては、彼らがまだ無事であった50年前とは比較にならないレベルとなっていた。久島は自身の義体と共に、親友用の義体も最新型に保つように労力を費やしている。彼には財政的にも技術的にも、それだけの余力があった。
 彼が全身義体化した時点で既に、義体には有機体の素材も使用されるようになっていた。そして現在の技術レベルにおいては、生身の人間とほぼ変わらない容貌を手に入れる事が可能となっている。機能面においては未だに生身と明らかに違う部分も多々存在しているが、少なくとも只佇んでいるだけでは区別はつかないレベルに至っていた。
 しかし、久島は、親友はこの手法を選択しないだろう事を、何処かで理解していた。
 それは波留が目覚める以前から判り切っている事だった。久島にとってはそれは予測ではなく、事実だった。だから波留が目覚めた今、そして50年前のような親交を取り戻した今であっても、久島はその選択肢を示唆する事すらしていない。
 生身であるからこそ、昔から保持出来ている能力が波留にはあるはずだった。それを失うような真似を彼はしたくはないだろう――久島はそう考えていた。無論それは波留個人の拘りであり、その選択肢を取った久島に対してそれを貶すような事はしないだろう事も判っている。しかし自分の身体に対してそれを選ぶ事は、様々な事情から出来ないだろうと思った。
 それが判っていたとしても、久島は未だに波留の容貌をした義体を廃棄はしていない。親友そのものの容貌をしている義体を廃棄処分にするのは、流石に微妙な気分になるのが第一の理由だった。
 しかし、それならばこの金庫の中に半永久的に封じ込めておけばよかった。電理研の金庫とは言え、彼は統括部長である。電理研の最高責任者である彼にはそれなりに自由が利く。様々な名目をつけて金庫のひとつを封印状態に置く事は可能であるはずだった。現在も私用目的で金庫のひとつをこうして使用しているのだ。
 そうであるはずなのに、久島はたまに義体のアップデートを繰り返している。AIを搭載していない抜け殻である以上、それは外見上の素材を変更する大掛かりなものとなる。そのために頻繁には行ってはいない。しかしそれはあくまでも、既に容貌のレベルを一定以上に保つ事が可能になっているからだった。
 そして今回、ホロン達の事情を利用して、遂に動作確認までしてしまった事になる。
 最近の事件によってホロンは外見的に中破する格好となり、その修復はもうマスターである波留の手には負えなかった。彼女が所属する電理研において中規模のメンテナンスを必要とするレベルの破損であったのだ。
 ホロンのシステム管理者は久島であり、メンテナンスにおいて彼女の面倒をある程度は看なければならない。その際にAIから読み取られたデータから、彼女がソウタと毎朝組み手を行っている日課めいた行動を知った。そしてソウタは何故か彼女に一向に勝てず、ホロンはその原因の一端を「自分が女性型であるから」と思考しているログも確認された。久島はそれらから、今回の話をホロンに持ちかけた。
 生脳を搭載する事になる全身義体もアンドロイド用義体も、現在ではほぼ同じような設計になっている。アンドロイドが人間を模した外見設計になっている以上、それは当然の流れと言えた。
 そして元々この波留の要望をした義体にはAIも生脳も搭載した経験はない。全く新しい状態での換装となったため、ホロンのAIもすぐに馴染む事が出来ていた。
 換装された義体の性別によって、AIはその動作プログラムを選択するようになっている。ホロンのAIが搭載された男性用義体であっても、その動きは男性そのものとなり得た。もっとも、原型である人物の物腰の柔らかさが、その印象を助けているのもあった。

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