AIのカスタマイズはなされているが外見は公務用のままである女性型アンドロイドが室内から立ち去ってから、久島永一朗は改めてその室内を見回した。
 そこは電理研内にある金庫の入口であり、基本的には企業所有の様々な品物が預けられている場所だった。それらの扉は一見して単なる切り取られた壁のようにしか見えないが、電脳の設定によって施錠されている。それらを開錠するためには設定した人間が用意した様々な手法によるコマンドが必要とされ、そのセキュリティレベルは世界レベルにおいても有数のものだった。
 彼は室内に置かれたままのケースに手を置いている。その形状と大きさからまるで棺桶を思わせる。金庫だけあってここの空調は普通の区画よりも低温に保たれており、その冷たい空気もそれに似つかわしい。
 全身義体である久島の肌には感覚点が生身よりも少なく、それらの冷気もあまり感じ取る事は出来ない。只、ケースに置いた掌から僅かに冷たい感触が伝わってきていた。それは室内の空調設定とケース自体の温度設定によるものと思われる。
 彼はケースに置いた手をゆっくりとずらした。蓋の縁に手を掛け、そのまま軽く指を掛けて蓋を動かしてゆく。そうする事で発生した隙間から、微かにケースの内部から白い煙が解けるように湧き上がってきた。ケースの内部は室内よりも更に温度が低かったらしい。
 その白い空気の間から、中身が垣間見える。底にはクッション地が敷かれていて、そこには黒髪の男の顔があった。それは今までホロンのAIが搭載されていた男性型義体だった。
 その右頬は微かに赤く腫れている。久島が得たソウタの視覚情報とホロンの動作情報のログから、その損傷はソウタから軽く蹴り上げられ回避出来なかった事が原因であると理解出来ていた。
 この程度の損傷ならば、義体であっても素材が有機体製であれば自己修復機能が働くようになっている。生脳やAIの脳核を搭載していない抜け殻の状態であっても、時間を置けばまるで人間そのもののように回復しているはずだった。
 現在のその義体は水色の病院服を着せられた状態でケースに収まっている。その黒髪は動作確認時とは違い解かれていて、寝かされたクッション地の上に広がっていた。
 それはまるで眠っているような状況で、久島には昔の光景が思い起こさせた。
 彼はゆっくりとケースの中に手を入れ、義体の片手を取った。そっと持ち上げ、ケースの外に導き出す。義体には最低限の機能維持が働いており、肌も若干の温かさを保っていた。冷たい空気の中ではそれが際立って感じられる。
「…つくづく、何をしているのだかな。私は」
 義体の手と顔を較べるように見やると、久島の口には言葉がついて出てくる。その口許に浮かぶのは、自嘲めいた苦笑だった。

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