気を取り直したソウタは、改めて目の前でアップをしている「男」を見やった。まるで品定めするかのように全身に視線を巡らせる。
 背はお互い似たような高さだった。しかし身体に纏わりついている筋肉の量は、ソウタのそれよりも相手の方が上回っていた。それも無駄がなく均等についていて、ソウタにはしなやかな印象を受ける。
 その肉体を半ば隠すようでいて結局隠し切れていない衣服は、半袖シャツに払い下げの軍用らしき迷彩ズボンと大きいコンバットブーツ。両手にはソウタと同じく指貫グローブを装着している。
 このいでたちには臨戦体勢を思わせる。あくまでも動作確認テストなのだから、動き易い格好を選んできたと言う事なのかとソウタは思う。しかし今の義体も戦闘用アンドロイドではないはずだった。
 率直な気分では、これは羨ましい体型だとソウタは感じていた。ソウタは生身である以上、義体が出す筋力にはどうしても敵わない部分がある。そのために素早さを武器として、それを補う必要があった。そこに無駄に筋肉をつけては、俊敏な動きが阻害されてしまう。
 それに対し、目の前の男の筋肉の量は理想的なものだった。この程度の筋肉ならば、格闘動作の威力を増した上で更に身体の安定性を保つ助けにもなるだろうと、彼は考えた。可能ならば自分もこの位の筋力はつけたいものだと思う。
 しかし人間の肉体の構造上、筋力とはなかなか向上しないものだった。専業格闘家ならばそれだけの時間と労力とを犠牲に出来るだろう。しかしソウタの本職は違う。彼は様々な調査の案件を抱えている身分である。費やされるトレーニングにも、自ずと限界があった。
 ――まあ、義体はいいよな。外見も設定次第だから。
 彼の考えは結局はそこに行き着く。技術と戦術でそこを埋めるのが、格闘における彼の目標だった。眼前の義体を見据えたまま、彼もまた両手を胸の前で構えた。
 それを合図にしたかのように、ソウタに向かって相手が軽く踏み込んできた。数歩距離を詰め、彼に対して軽く素早い攻撃を仕掛けてくる。小気味良い音を立てて空気が切られ、数発の拳が彼の顔面に浴びせかけられた。
 ソウタはそれをガードした。構えていた両手を彼の両脇に立て、軽くはたくように全ての拳をいなしてゆく。あくまでも様子見の攻撃らしく、威力は軽い。
 不意に義体の上体が引く。一瞬拳が収まった。ソウタは相手のその動作から、次に来る攻撃を読む。
 ――顔に高い蹴りが来る。しかし不安定な位置だ。充分に交わせる。彼はそう結論付けていた。あまり体勢を崩さないよう、必要最小限の動きで回避するつもりだった。
 次の瞬間、彼の頬を風が掠める。その勢いに吸い込まれそうになり、彼は慌てて両脚に力を込めた。靴底を床に貼り付かせ、踏ん張る。僅かに何かが掠ったか、風を受けた頬がちりちりと僅かに痛んだ。
 ――勢いが普段と違う!
 彼は横目で頬の横を通り過ぎていった脚を追いつつ、心中でそう感じていた。勢い良く振り上げられ突き抜けて行った軍用ズボンの脚が伸び切り、一瞬止まる。
 そもそもAI上の設定は、普段の「彼女」のままであるはずだった。だから格闘技術が唐突に向上している訳ではない。
 とすれば、乗り換えた義体が保有する筋力の差か。彼は瞬時にそう考えた。義体においては男女の性差はあまり差別されていない事になっている。しかし通常の義体が人間を模したものである以上、設定された筋肉の量で違いが出てくるものなのかもしれない。
 義体の伸び切った脚はすぐに次の動作に入り、戻されてゆく。ソウタは膝で折り曲げられた義体の太腿に両手を掛けた。突き飛ばすように押し、バランスを崩させようと試みる。片足立ちである今ならば、不安定な状況にあるはずだった。
 しかし、「彼」には筋力に裏打ちされた安定感があった。上体が軽くふらついたものの、床に着けられた片足はバランスを取り切る。結果、ソウタが押しても転倒には至らなかった。
 ソウタは自分の行為が失敗した事を悟り、すぐに諦めた。次の行動に移る。両手を付いた太腿を支えにして、横に跳ぶ。身体を横に導き、飛ばす。
 その時には、今までソウタの顔があった位置に、渾身のストレートが飛んできていた。目標を見失ったその拳はその先へと突き抜けてゆく。結果、義体の体勢が前屈みになる。
 互いに軽くバランスを崩しながら、互いの攻撃を交わし合う。ソウタは今での位置からあまり離れる事無く着地して、足元を整えた。人体としてどうしても隙を発生させてしまう着地の瞬間を狙われる余裕は与えなかった。それは上々だと彼は考える。しかし、自分の側も、体勢を崩しかけた義体を狙えなかった。お互い様だと思いつつも、彼は構えを解かない。
 その頃には義体もソウタの方を振り返りつつ、傾いていた上体を上げていた。互いに構えを取る。そしてもう間合いを取る事はせず、互いに踏み込んだ。

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