朝日が昇り切った今、ぶち猫はホロンの腕の中で眠っている。この猫は自らが知らないはずの存在に抱き上げられても、全く起きる気配すら見せず、惰眠を貪っていた。
「…図太い猫だなあ」
 これには波留も呆れ声だった。もっとも轢かれ掛けてもその危機から全く回避しようとしなかった猫なのだから、こんなものなのかもしれないとも彼は思う。
「マスターも引き返せば良かったでしょうに」
 猫を抱いたまま小首を傾げてみせるホロンに、波留は苦笑してみせる。
「いや…ここまで相手にされないと言うか、どうにもならないと、ちょっとこちらにも意地がね」
 いつもの散歩コースを邪魔された事もあった。そんな事に軽くむきになってしまった自分は大人気ないとは彼自身にも良く判っていた。照れた風に波留は片手を頭に当てる。軽く掻き上げながら、ホロンと彼女の腕の中の猫を見上げた。
「しかし、僕も君も警戒されないとはね。飼い猫かな?」
「――…登録コードがないので違うようです」
 ホロンはそう言う。どうやら、掌で猫に触れている今、メタル経由で保健所のデータベースに問い合わせた結果を述べたようだった。波留はそれに頷く。
「そうか、ここでは猫も登録制で管理されているのだったか」
 2061年現在の人工島において、ペット達には飼い主に引き取られた時点で極小のパッチが埋め込まれ、様々なデータが保健所に管理される事となる。それを持たないこの猫は未だに誰にも飼われた事がないのだろう。
 しかしそんな野良は、人工島では犬でも猫でも珍しい。ここでは、発見され次第すぐにロボットに確保されて即パッチを埋め込まれて管理される状況なのだ。仔猫ならいざ知らず、成猫まで育っている野良はなかなか存在しないはずだった。もっとも、無法地帯と言われる花街などに行けば、それはまた別の論理が働いているのだろう。しかしここはまだ人工島の中でもまだ治安がいい場所である。
「それで、どうしますか?マスター」
「…どうするって?」
 不意に話を向けられた波留は、隣の介助用アンドロイドが果たして何を尋ねているのか理解出来なかった。思わず問い返すと、彼女は具体的に言い直す。
「野良ですから、私がこのまま保健所に連絡して引き渡しましょうか」
「ああ…そうか」
 波留は彼女が言わんとする事を理解した。
 昔の保健所と言えば、飼い主が見付からない犬猫は殺処分と言うイメージがある。今、この人工島では違う。違うとは言え、その「昔」がまだ手に届く所にある記憶として残っている波留には、やはり微妙な気分になった。少し考えた後に答えを出す。
「いや…とりあえず、うちまで連れて行こう」
「マスターが飼うにせよ、飼い主として登録の義務があるのでやはり通報の必要がありますが」
「それは後でいいだろう。ともかく早く連れて行こうじゃないか」
「…了解しました」
 ホロンの少しの沈黙は、一般常識とマスターの命令との間で整合性を取るためだろう。結局はマスターの命令を優先した形となる。
  
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