強くきつく髪を縛られているために、それに引っ張られる筋肉が硬直しつつある。筋肉が繋がっている肩まで微妙に痛さを覚えつつある。このまま放っておけば肩が凝るのは避けられないと波留は考えた。
 彼は両手を後ろに回し、頭に触れる。手探りで再び髪を辿り、両手でその根元を掴んだ。左手で頭を抑え、右手でゴムを摘み、纏められた髪の方へ引っ張ろうとする。が、やはりゴムはがちがちに硬く縛り付けていて、引いても動く気配がない。
 ――面倒だが、少しずつ解くか。波留はそう思う。左手で髪を軽く持ち上げ、右手の人差し指をゴムに割り込ませようとした。爪に引っ掛けると少し持ち上がるが、痛い。
 と、波留はその右手を掴まれた。そのまま持ち上げられる。波留の指を挟み込んでいたゴムが外れる。それはぱちんと弾けて元に戻った。波留はその指に痺れを覚える。手首を掴む相手を振り返ろうとした。
「――…他の接続先の人間を助けるために自分を犠牲にしようとするなど、お前はどうかしている」
 波留の背後からそんな声がする。少し低い調子だった。
 それに波留は黙り込む。結局振り返るのを止めた。空いている左手で纏められた後ろ髪を掴む。冷たく乾いた感触がした。
「僕は別に犠牲になるとかそんな考えはなかったよ。帰還するつもりだったのだし」
 俯き言いながら波留は左手の中の白髪を再び開放する。それはするりと落ちてゆき、彼の首筋に当たった。
「そんな当てがあったとは私には思えない。君が彼女を過小評価するとも思えないからな」
 彼の右手を掴んだまま、背後からは声が続く。声の調子は静かだったが、あくまでも冷静さを装っているだけのように波留には思える。
 そして波留は苦笑する。自分はこの親友に酷く評価されているものだと思った。リアルの海のダイバーであった頃にはその自負もあったが、現在の電脳ダイバーとしての自分もそれだけの評価は値するのだろうかと感じる。何せ電脳の海に潜り始めてまだ1ヶ月程度なのだから。
「それは、僕を過大評価していないか」
「では、やはり当てはなかったと言う事か?」
 混ぜっ返すような波留の台詞に対しても、久島の声は落ち着きを保っている。しかし波留にはそこに苛立たしさすら感じられていた。
 今回の一件は、波留がAIに気に入られた事が発端だった。そして波留自身もそれを理解しており、その好意を利用して「彼女」とメタル経由で繋がった。
 波留はその時には「彼女」の正体を既に把握していた。たくさんの人間が「彼女」と接続し、リアルから隔絶していた事も。仮に解放されたとしても、その時の記憶を全て引き抜かれてしまっている事も。
 そんな危険な相手と接続しては、いくら本職の電脳ダイバーである波留でもリアルに帰還出来る算段はあったのか?――その疑問が久島にはあった。そしてその疑問は未だに晴れない。だから、苛立たしい。
 
[next][back]

[RD top] [SITE top]