メタルへの接続を完全に遮断している状態のこのプライベートルームは、会話を交わさない限り静寂に包まれている。波留も久島も互いに黙り込んだまま、何も言葉を発しようとしない。 波留は視線を外し、手元の缶を弄んでいた。徐々に彼の体温が缶を包み込み、中身を生温くしているのではないかと思わせる。そのまま不意に、口を開いた。 「――…まあ、君は82年をきっちり生きてきたのだから、僕のような若輩者には想像もつかない体験もしているのだろうな」 ――見た目は白髪の老人が、見た目が壮年の男に言う台詞ではないが、正に我々を言い当てた台詞だ。久島はそんな事を思い、50年間を一瞬で通り過ぎて行った親友を見た。何を思ってそんな事を言うのかと考える。 「波留」 自分を呼ぶ声に、波留は頭を上げた。久島はそこに、柔和な微笑を見出す。 「何にせよ、久島。君が無事で良かった。僕はそれを掴めただけでも上々だ」 そう言って波留は笑った。軽く拳を作り、久島に向かって突き出す。それなりに身繕いをした格好に包まれた細い腕が、力強く確実に久島の前に来た。 その様子を見て久島もまた笑う。彼もまた同様に拳を作り突き出し、波留のそれと合わせた。義手の拳が老いた拳とかち合う。互いに軽く硬い感触がする。50年前とは僅かに変わってしまった感触だったが、そこに込められた感情はおそらくは同一だった。少なくとも彼らが今、自身で感じたものは、そうだった。 どちらからともなく、拳が引かれる。互いに示し合わせたように、胸元まで引き戻していた。 波留はその手を胸元でゆっくりと開く。細く骨ばった指がそこにある。薄い掌を彼は見つめた。全ては昔と変わってしまっている。しかし彼は再び指をゆっくりと閉じてゆく。その表情は満足げなものとなっていた。 「細い1本の糸であっても、僕のこの手で確実に掴めたのなら、それで良いという事にしておこう」 「それがいい」 久島も胸元の手を見やり、そして微笑む波留を見た。自らの表情も優しく緩むのを自覚する。彼は満ち足りた気分が脳を支配するのを感じていた。 「――もう温くなったかもしれないが、良かったら飲んでくれ」 「ありがとう」 久島の勧めに波留は爽やかに笑う。ミニサイズの缶に両手を大事そうに添えて口をつけた。それが傾き、白く細い喉が動く様子を久島は楽しそうに見ていた。 |