太陽の底辺がまもなく水平線に掛かろうとしている。海は夕焼けで赤く染まっていた。
 環境上、託体ベッドが設置されている部屋には窓がなく、外の様子を見る事は出来ない。外部から隔絶されたそこで、ミナモは相変わらずモニタと横たわる波留とを、交互に心配そうに見詰めている。
 実を言うと彼女にも喜んだ時期があった。勿論、波留が久島を救助した際である。波留が向かった先では何やら凄いイカが洞窟内に侵入していたが、波留が投げつけたモリ状の攻撃プログラムによりそれを撃退し、久島が救助される所を彼女はきちんと見ていた。久島が一応ながらも無事だったのにも喜んだし、何よりこれで波留の仕事は終わったものだと思った。
 なのに波留はログアウトせず、糸のような物を手繰って辿っている。彼女はこれに何の意味があるのか知らない。久島の首から切り離したものなので、重要なものである事は何となく判っていたが。それにしても当初の目的は達成したのに…と、彼女は思ってしまうのだ。
「――やあ、お嬢さん。波留の様子は?」
「――はい!?」
 突然背後から声がして、ミナモは頓狂な声を上げた。振り返ると、またびっくりする。
「久島さん!?」
 彼女が驚いた理由は、今まで注意を向けていなかった背後からいきなり声がした事がまず1点。そしてその声が久島のものであった事が2点。更にその久島の姿が姿だったのが3点。
「久島さん、一体どうなさったんですかあ!?」
「…いや、色々あってだね」
 様々な意味が内包されたその女子中学生の問いに、物理的に半壊状態の久島は苦笑するしかなかった。彼はホロンに左腕を取られ、支えられた状態で前に進み、託体ベッドを目指す。右足のみしかまともに動かないためにその歩みは遅く、ホロンも慎重に歩みを進めている。義体の体液は止まっているが、乱れ破かれた服に一部染み込み付着していた。
 しばし呆然とその様子を見守っていたミナモだったが、そのうちに慌てて久島達に進路を譲り、次いで気付いたようにこの部屋にある椅子を持って来る。ミナモは簡易コンソール類の前に椅子を置き、ホロンがそこに久島を座らせた。
「私などより、波留は?」
 久島はベッドに横たわる波留をちらりと見やった。彼はまるで眠っているように平穏だった。――と言う事は、今は何も負荷は掛かっていないな。無茶はしていないな――久島はそう考えた。
「えっと…あの糸をずっと追っかけてます」
「そうか。特に変わりは?」
「私がモニタで見れる範囲でしか判りませんけど、久島さんを助けてから先は、変なお魚さんやでっかいイカやタコも見ないんで、波留さんは普通に泳げてるみたいです」
「…つまりは保安プログラムが常駐していない付近か」
 久島はミナモが身振り手振りを大きく交えながら言う内容を翻訳した。それにミナモは大きく頷く。
「そうみたいです。久島さんの所に行くまでは、色んな物をやり過ごしてて、波留さん大変そうでした」
「彼には悪い事をしたな。後で埋め合わせよう」
 ホロンが久島の右手を取り、託体ベッドのコンソールに乗せる。動かない彼の右手はそのまま半球形のコンソールの上に収まり、電脳でベッドと情報を交換した。
 ――波留、聴こえるか?
 久島はメタルへと呼びかけた。それに対して若干の驚きを含んだ声が返ってくる。
 ――久島か?今何処にいる?
 無事に通信が通った事に久島は内心安堵した。どうやら現在の波留の状況は特別異常なものではないようだと彼は思った。
 ――今の君と通信出来ると言う事は、判るだろう?リアルの君の傍だ。
 ――あんなに参っていたのに、休まなくて大丈夫なのか?
 ――君がリアルに戻ってくるまで位は頑張らせてくれ。
 久島はメタルの海中の波留と通信しながら、コンソールから今までのログを読み取る。そうして、今までの波留の行動と現在の波留の位置を把握した。
  
[next][back]

[RD top] [SITE top]