水上バスの臨時清掃はすぐに終わる。道具類をきちんと元の位置に戻し、ソウタは久島の元へやってきた。ソウタはまだホロンに支えられたまま横たわっている彼の上司の前に屈み込んで尋ねる。
「――先生、これからどうなさいますか?」
「波留がまだ潜ったままだ。彼を助けなくては」
 即答する久島に、ソウタは眉を寄せた。予想していた答えではあった。しかしソウタはやんわりと反駁しようとする。
「先生もお体が…」
「義体が破損しただけだ。私の脳は大丈夫だよ」
「…判りました」
 またしても上司から返ってくる即答に、ソウタは頷かざるを得なかった。
 痛々しい姿ではあるが、本人が言っている事に偽りはない。だからこその全身義体なのである。これは論理的な考えに立脚している結論であり、それを感情論で覆す事をソウタは断念した。
「それでは我々のボートにお乗り下さい。波留さんの事務所にお連れします」
「ああ。あまり時間が掛かっては彼のダイブが終わってしまう。出来るだけ急いでくれ」
 彼らの当面の方針はこれで決まった。
 久島は両脇からホロンとソウタに支えられて立ち上がる。右足1本しかまともに動かないために、ふたりの肩を借りないと歩く事すらままならない。ホロンは元々介助用アンドロイドなのだから、慣れたものである。
 バスからボートには飛び降りないと移る事は出来なかった。身体の自由が利かない人間を、ふたりがかりで支えながら跳ぶと言う行為はかなり難しい。そのため、ソウタは介助用アンドロイドであるホロンに久島を任せた。ホロンは久島の肩を抱きながら、飛び降りた。次いで、ソウタが降りる。
 運転席にホロンが着き、後ろの座席に久島とソウタが着いた。ソウタは久島の体にハーネスを着ける。
「――出来る限り急ぐのでしたよね」
 そんな彼らに対して、運転席から静かな声がする。
「でしたら、きちんと固定なさっていて下さいね。飛ばしますから」
 そう彼女が言うなり、物凄い勢いでモーターが回り出す。テールが勢い良く振られ、水飛沫が上がる。がんと叩き付ける衝撃がボートを揺らし、当然ながら乗員達にもその揺れが派手に伝わる。ハーネスなしでは振り落とされかねない勢いだった。
 民間の小型ボートが、一見してあり得ない勢いで急発進してゆく。慣らしナシでいきなりボートは最高速まで速度を上げようとしていた。巻き上げられた水が豪快に、後に残された水上バスに振り掛かった。
  
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