メタルからのログアウトは、他の機能同様に頭で「そうしたい」と念じるだけでよい。多少のタイムラグは発生するものの、そうする事で脳内のナノマシンがメタルに作用し、意識をリアルの体に取り戻す事が出来る。仮に命令を施行してもログアウト出来なかった場合、リアルの体が深刻な事態に見舞われている可能性が高い。
 メタルの海中で波留に助けられログアウトした久島は、ゆっくりと瞼を上げた。その視線の先には今までの海とは違い、薄灯りをつけたコンクリート製の天井が見て取れる。
 徐々に彼の脳に、今の状況を感じ取る感覚が戻ってくる。それでも体に感覚は戻ってこなかった。奇妙な浮遊感があるが、視界の状況からしてどうやら自分は横たわっているらしいと言う事は理解出来ていた。
 ――義体の感覚機能の大半を切られたままの体を取り戻したか。久島は自分の体を勝手に使われた挙句乱闘させられた事を思い出し、そう考えた。あの時は視界以外での状況は把握出来なかったが、あれだけの相手に粘ろうとしたのだから、おそらくそう言う事なのだろうと思った。
「――久島様ですか?」
 彼の耳に不意に声が届いた。視線をそちらに向けると、ホロンの顔がそこにある。
「ああそうだ。疑うなら電通を――」
 口先だけなら今までハックされていた義体のように何とでも言える。だから掌を合わせての直接通信を行って様々な情報を取得すれば本人証明が出来る――その論理により、久島は右腕を上げてホロンと掌を合わせようとした。
 が、その腕が上がらない。肩は動くのだが、上腕部ががくんと落ちる。
 怪訝に思い、久島は首を傾けて右腕を見やった。すると、服に覆われた先にある右手が変な方向に曲がっている。何処で捻じ曲げられているかと考えるならば、やはり不具合がある上腕部だろう。
「…何だこれは」
 久島は半ば呆れたような声を出す。
「申し訳ありません。全身義体の方を手早く拘束するには四肢を破壊するのが最適ですので」
「…まあ、理には適っているな」
 溜息をつきつつ、久島は残った両足の状態もチェックした。結果、左足にも変な感触がある。膝から下が全く動かない。確かに膝蹴りにより自損したのもあるが、そこに更にとどめを刺されたのではないだろうかとさえ思う状況だった。
 左腕は言わずもがなである。結局無事なのは右足だけのようだった。この状態では感覚を切っている方が懸命であると彼は思う。感覚を繋げたら最後、装備されているのが最低限の痛覚であっても、おそらくこれだけ傷つけられているのだから気を失ってしまうだろう。
 ホロンが久島の背中に腕を回し、上体を起き上がらせる。もう片方の手を久島の右手を取り、掌を重ね合わせた。そのまま通信を行う。久島はホロンに自分のデータを流した。
「――はい、確かに久島様ですね」
「それはどうも」
 久島は苦笑した。元々の原因は自分が作ったのであるし、アンドロイドに文句を言っても仕方がないし、ここまで破壊されると却って清々しい。
「君達もそうだが、メタルでは波留が助けてくれた」
「そのようですね――」
 彼らは電通で今までの情報を共有する。それらは、事が終わったバスの甲板で作業をしているソウタにも送信されていた。
 彼は持ち込んだ洗浄剤を義体の体液が付着した箇所に掛け、バスの甲板付属のポンプで水路の水を吸い上げて、これまた付属のデッキブラシで掃除に勤しんでいる。洗浄剤により体液は分解され、水で洗い流されていく。バスの座席などは多少濡れてもすぐに吸収乾燥する素材で出来ていた。
 このバスは早急に水路に戻されるために、証拠隠滅である。水上バスである以上、多少水で濡れていても気にされる事はない。
  
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