それはメタルに囚われている久島が呟いた言葉だった。
 限定された視界でも自らの左腕が千切れかけているのが判る。甲板の上には彼の腕から液体が飛び散っていた。痺れに邪魔されてぼんやりとした視界では色の判別も難しい。彼には白い液体もまるで赤い血のように見えていた。
 彼は自らの記憶を思い起こされていた。50年前の、忘れられない記憶だった。
 ――あの時、私は波留を助けようとしたんだ。しかし助けられなかったんだ。片腕を捨てたと言うのに、駄目だったのだ。
 胸に大きな傷を負い、彼は水面まで浮かんできていた。あの、全く動かないまま、海面を漂う彼の姿など、今まで一度も忘れた事はない。
 私がもっとケーブルをしっかりと掴んでいたならば――もっと早く引き揚げていたならば、彼は助かったのだろうか。そもそもあんな実験に彼を付き合わせなければ、彼は50年間も眠り続ける事などなかったのだろうか。共に歳を経る事が出来たのだろうか――?
 朦朧とした意識の中、今の現実と過去の記憶が混ざり合った挙句、強烈な意識となって久島は親友の名を口にしていた。それがどういう偶然か、ハックされているはずの義体のコントロールを一瞬だけでも奪い返したらしい。義体が腕を引き千切られ、一瞬でもショック状態に陥ったのも彼の助けになったかもしれない。
 しかし、次の瞬間、彼に絡み付いていたイカの足が一気に締め付けてきた。彼は苦悶の表情を浮かべる。自由にならない腕を懸命に伸ばそうとする。
 視界の向こう、リアルを垣間見る事が出来る辺りでは、自分の義体が再び暴れ始めたのを感じていた。
 自分のものに出来ないのなら、誰のものでもさせなくする。
 自分でも考えた、その結論に彼は思い至る。ホロンとソウタを向こうに回して義体が逃げ切れるとも彼には思えないし、彼をハックしたダイバーも今ようやくそう判断したのかもしれない。ならば、今がその時だろうか。
 このまま、私は死ぬのか。
 いい年齢になった現状では少しはそんな事を考えた事もある。
 しかし、厭だ。大人しく死を受け容れる気があるなら、全身義体にはしない。私はもっと生き続けなければならない。
 ――彼と共に生きたいのだ。
 悲痛な叫びのような感情が、彼の脳内を駆け巡る。触手状の足が絡みついた合間から垣間見える手が、苦しげに水を掻いた。
  
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