目の前の義体にきっぱりと宣告したソウタは、そのまま身分証明証を久島に向かって投げつけた。彼の狙い通りそれは久島の顔面に当たる。不意を突かれた格好の久島は、手で顔を払った。 その時にはソウタは一歩前に踏み出していた。滑るように身体が突っ込んでゆき、久島の目の前に迫る。顔を払っていた右手の手首をがしりと掴んだ。飛び込んだ勢いを殺す事無く、右手を引いて久島の体を甲板に叩き付けようとした。 しかし、久島は掴まれた右手を自分の方に引く。がくんといきなり肘が落ちるように動き、腕を引き戻す。ソウタもそれに釣られる格好となった。久島の胸元に引き込まれる。 ――人間としての感覚を遮断した?ソウタは懸命に頭を上げつつ、そう直感した。 義体はあくまでも人間の体に似せた体であり、本当の人体ではない。戦闘用義体でなくとも、人体には不可能な行動も可能である――その結果、義体が自壊する事を恐れなければ。 下に引かれる体に抵抗するように、頭を上に向ける。視線が久島と合う。表情が完全に機械体のそれになっていた。何も偽らない、単なる無表情に。 不意に空気の動きを感じ、ソウタは反射的に片手を離してそのまま両腕で胸をガードした。次の瞬間、そこに久島の片膝がぶち当たる。みしりと軋む音がした。微かに焦げ臭い。義体のジョイントがおかしくなったらしい。 しかしそれだけに成果は大きい。強力な膝蹴りを喰らったソウタは踏ん張る事が出来ず、そのまま吹き飛ばされる。後退りするがしかし、転倒するには至らない。久島から距離を取った形で彼は立ち止まった。 ――蒼井様。 ソウタの脳に通信が来た。その刹那に背後に激しい音がした。何か重いものの着地音。そして彼の横を勢い良く走り抜けていく。長い黒髪が彼の視界を横切る。 突然の闖入者には、流石に久島の義体は対応出来ない。ボートから飛び乗り走り抜けてきたホロンが、久島の間合いに入り込んでいた。 「マスターからの命令を実行させて頂きます」 彼女はそう言い、久島の左腕を掴んだ。肘の上を掴み、そのまま振り回しに掛かった。久島は抵抗すべく足を踏ん張ろうとするが、先程のソウタへの一撃で片膝のジョイントに不具合が出ていた。がくんと片膝が落ちる。釣られて落ち込んだ肘を更に引き付けつつ、ホロンが意趣返しのように、膝を叩き込んだ。 義体への、義体からの、容赦ない攻撃だった。ばきりと鈍い音が響き、久島の左腕が奇妙に伸びてぶら下がる。その手にはだらだらと白い液体が流れてきていた。有機体で作られた義体の動作のための液体である。それが血のように溢れてきて止まる様子がない。 久島が動く右腕でホロンに拳を突き出してきたが、彼女はそれを交わす。そのまま、また左腕を掴んだ。交わした勢いで彼女は久島の後ろに回り込む。不安定に揺られているその腕を、彼女は捻り上げた。 義体とは言え有機体製である。まずは彼が着ていた服が悲鳴を上げ、同時に普通の人間ならばあまり聴きたくない類の音がする。服が破け、ホロンに捩じ上げられた左腕が露になった。人工筋肉などの繋ぎが殆ど引き千切られ、コントロールを失った5本の指が奇妙な動きを見せている。その周りには白い液体が撒き散らされる。そのままホロンは久島の後ろを取り、羽交い絞めにした。 痙攣する久島を押さえ込む中、ホロンは確かに久島の口が動き、声を出すのを訊いた。 「――…波留………――」 |