その頃、久島は洞穴の出口付近に立っていた。彼の顔の前には光球が浮かんでいる。彼は顔を光に照らされつつもそれを凝視している。光はある一定のパターンで明滅を繰り返していた。
 彼が走らせているのは、メタル内で光を明滅させるプログラムだった。ソースコードの行数も少なく単純なプログラムであり、容量も小さい。それを走らせつつ、彼は明滅のタイミングと色合いの変化を自力で操作していた。
 ――救命ビーコンとはこんな感じだっただろうか。久島は昔の記憶を辿って操作している。
 メタルの海自体にそんなものは存在しない。しかしそれぞれの環境の親和性から、電脳ダイバーを通常の海のダイバーと兼任している人間はそこそこ存在する。ならば気付いたダイバーが救助に来てくれるかもしれない――彼はそう思った。
 突然、首筋に激痛が走った。思わず彼は絡み付いている糸を掴み、顔を歪める。呻き声が口から漏れかけるが、漂う水に邪魔された。代わりにごぼりと泡が吐き出される。
 久島は手を振った。与えられる痛みと、これ以上の抵抗の意思を示さないようにする事と、ふたつの要因により、光球の維持を彼は断念した。プログラムを停止する。
 それでも激痛は続く。立っていられない。彼は洞窟の壁に寄りかかり、そのまま滑り落ちるように座り込んだ。メタルでこんな状況に陥っていると言う事は、リアルでは脳核に負荷が掛けられていると言う事だろう。経路を使って高電圧でも送り込んでいるのかと思う。
 不意に痛みが途切れる。彼の手が糸から離れ、そのまま床まで落ちた。残った痛みがずきずきと身体に響いてくる。頭が朦朧としてきて、四肢に感覚がない。
 ぼんやりと洞窟の外を眺める彼の視界に、巨大なイカがのそりと姿を現した。今まで影も形も見えなかった存在である。
 ――…おいおい。私にここまでしておいて、更に攻撃プログラムまで繰り出すか。定まらない思考の中、久島はそんな事を思った。
  
[next][back]

[RD top] [SITE top]