波留は手を合わせた。口元に指を当て、前屈み風に車椅子に座る。薄く微笑み、口を開く。
「――では、この久島が本当に僕が知る久島ではないと仮定しましょう」
「って、まだやるんですか…」
 げんなりした風にソウタは言った。思いっきり肩を落とす。楽しんでるのかこの人と彼は疑いつつある。
「――マスター。そう仮定するならば、可能性としては3点考えられます」
 波留に呼応したように、ホロンが言った。波留は彼女をちらりと見て、軽く頷く。
「話してみなさい」
「はい。――ひとつは、おふたりが久島様ではない方とお話しになったというパターンです。全身義体ですから、別の方が同タイプの義体を使用している可能性があります」
「しかしその可能性は消えたね。今ここに映し出されている久島は、久島の義体データで検索されてきた訳だから」
「この追跡している義体が、ミナモ様達がお会いになった久島様とも限りませんが」
「それに、久島の義体は一般流通している大量生産品ではなく、彼のオーダーメイドだ。同じ物を使っている他人が居るとも思えない」
 ――あれは本当に、久島のあの年齢の頃の容貌を義体化しているのだから、同じ物を使う他人が居るはずはない――とまでは、波留は言わなかった。
「それに俺が仕事の話したらきちんと答えてくれましたよ。先生ですよ先生」
 ソウタが腕を組み苛々とした風に口を挟んできた。ふたりの話についていけない様子である。それをホロンはやんわりと交わす。
「ではふたつめの可能性です。これが久島様の義体であっても、脳核が違っているパターンです」
「ええ!?」
 これにはミナモが頓狂な声を上げた。思わずソファーから立ち上がる。
「それってとんでもない事じゃないですか!」
 つまり、久島の義体から久島の脳核を取り外し、別人の脳核を入れて動いているという事になる。自分達の自由意志で脳核を入れ替える人達も居るだろうが、そうでなければかなり暴力的な話である。
「それもどうだろう。いくらオーダーメイドとは言え、特別な機能を付与しているとは訊いていない。戦闘用義体でもない、単なるペルソナとしての義体だ。その外見も酷く美しいと言う訳でもない。そんな義体を入手して裏で捌くにせよ、誘拐紛いの事までしてやるメリットはないだろう」
 親友絡みの「とんでもない事」の割に、波留の口振りは淡々としていた。だからミナモはほっと胸を撫で下ろす。少なくとも、この可能性は否定されたらしい。
「それでは最後の可能性です。…と言うかマスター、最初からお判りでしょう?」
「ああ…」
 波留はホロンの台詞に軽く頷いた。顔の前で合わせた指で、眉間を押さえる。口元から笑みが消えた。
「久島の奴、ハックされてるのかな――」
 
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