「――幸か不幸か、現在依頼はありません」 4人が落ち着いて席に着いた時点で、波留はミナモにそう告げた。ホロン達に用意された替えのカップに注がれたまた別のフレーバーの紅茶を口にする。 「じゃあ困ってる人は居ないって事ですよね。いい事じゃないですか」 ミナモは大きく頷きつつ、お茶請けとして出されているクッキーを口に含んだ。甘さ抑え目のプレーンクッキーはこの紅茶に合い、ついつい笑顔になってしまう。 彼女には経理の事は良く判らないが、波留は特に金銭的に困っている訳ではないと言う事は判っている。立地条件が良い場所にある事務所兼住居だが、これを用意したのは親友の久島である。電理研などから依頼が回された場合に賃料がある程度差し引かれるにせよ、それを盾に無理に依頼を回す事はしないだろうと思っている。 彼女としては、依頼が来ると言う事は波留を危険に晒すと言う可能性も高く、それは避けたかった。 そこにぼそりとソウタが口を挟む。 「困ってる人を見落としてるという可能性もある」 「…ソウタはどうしてそうネガティブなのかなあ」 「別に。可能性を提示しただけだ」 無愛想な兄は言いながら紅茶を啜っている。 彼はこの事務所にとっては部外者なのであるが、上司と繋がりを持つ波留と、妹のミナモ、更には格闘仲間としてのホロンが揃っているこの場所に何故だか入り浸る格好となっていた。ティーパックなどの差し入れも彼が行っており、現在のお茶請けも彼の作成で持ち込みだった。もっとも、それを食べる人間はミナモ位しか居ないのだが。 そんな兄と妹をホロンは微笑んで眺めている。人を和ませるような笑顔を浮かべるようプログラムされているのは確かな事実だが、彼女のそんな仕草によって人間が実際に和むのも事実である。 ――僕の周りも、随分と賑やかになったものだなあ。 日常となった風景に、波留もまた目を細めて笑う。背中を車椅子に深く預けた。 |