その日、蒼井ソウタとミナモの兄妹が久島永一朗と出会ったのは、電理研の地上部分の出口付近だった。
 ふたりは同居しているが、兄は社会人であり妹は中学生である。その生活はなかなか一致せず、家以外で一緒に居る事は珍しい事だった。今日はたまたま時間が合ったようで、ふたりで歩いていた。もっとも、ここぞとばかりに兄の小言が妹に炸裂し続けている。
「――先生!」
 そんな中だったソウタは遠目に見掛けた自らの上司に向かって手を挙げた。そのまま走っていく。突然の兄の行動にミナモはついていけず、慌てて兄の後を追った。
 呼びかけられ、久島はソウタの方を振り返る。足を止めた。すぐにソウタが追い付く。
「先生、これからどちらに?」
「用事があってね」
「報告書を提出する予定があったはずですが」
「…すまない、後で目を通す」
「では、後程送信しておきます」
 上司と部下がそのような仕事上の会話を重ねているうちに、部外者の妹はようやくその場に着いた。
「――あの、久島さん!」
 走ってきた事により長い髪とリボンを揺らしならも、ミナモはいつものように元気良く声を出し、勢い良くお辞儀をして見せた。ふたりの会話に割り込む。
「いつもいつもお世話になってます」
 ミナモとしては久島に挨拶をしたつもりだった。しかし彼女は電理研に直接の縁はなかった。彼女が大切に思う波留を気に掛けてくれている相手ではある。
「おい、ミナモ…」
 流石にソウタが彼女をたしなめようとした時だった。ミナモは久島を見上げつつも小首を傾げていた。何か不思議なものを見るように、大きな瞳が久島を見上げている。
 そして、彼女は抱いた疑問を素直に口に出していた。
「――…久島さん……ですよ…ねえ…?」
「おい――!」
 慌てたのはソウタである。乱暴にミナモの頭を掴み、強引に押し下げていた。無理矢理お詫びのお辞儀をさせた格好である。押さえつけられたミナモは手をじたばたさせた。そのまま突っ伏してコケないよう、懸命にバランスを取る。
 顔を強張らせていた久島もソウタのその勢いに、苦笑した。
「いや、気にしてはいない。――それでは、先を急ぐので」
 そう言い残し、久島はふたりの前から去って行った。
 
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