――波留!?
 オペレーションルームで作業に当たっていた久島は、波留からのコマンドを受け止めていた。遂に波留からの反応がオペレーションルームに戻ってきたのだ。それは久島が待ち望んでいた情報だった。
 ――聴こえるか、波留!?
 久島は強い思念で呼びかけるが、返答はない。データ上、接続要求を送ってきたダイバーからの意識反応は微弱だった。それらの状況証拠より、彼は波留の現状を危惧する。
 ――とにかくリンクを復旧させる。君はそれを頼りに早く戻るんだ。
 相手側が聞き取れているのかは全く判らない。しかしともかく久島は波留にそう電通した。久島側からは通信障害は感じられず、彼の声はメタルの海に居るはずの波留の意識に到達しているはずだった。
 呼びかけつつも久島は掌越しに電脳経由でコンソールを操作し、波留からの接続要求を通す。彼からのアクセスコードをオペレーションルームに捉え、リンクを再び繋いだ。
 リンク確保に従い、電子音と共に徐々にモニタにメタル内の映像が復旧する。コンソールに手をかざしたまま、久島はそれを見上げた。そして、愕然とする。
 そこに映し出されている波留は、しっかりと要救助者であったダイバーを抱き抱えていた。彼は脚を動かし確実に浮上して行っている。彼らはメタルの表層に近付いてきており、このスピードではそのうちに海面に到達し、ダイバー共々ログアウト出来そうだった。
 しかしその波留の身体のあちこちは光に浸食され、所々が弾けメタルの海に溶け出している。綻んだ彼の身体から弾けた光が海水に反射して輝く。浮上してゆく際にダイバースーツが水圧に削られ断片が落ちてゆき、光に変わってゆく。その崩壊は徐々に、確実に進んでいた。
 彼のアバターが破損している。つまり意識レベルで攻撃を受け、結果的にアバターの維持が困難になっているのだ。そこまで酷いダメージを、波留はリアルの脳においても受けているのだ――久島はその事実を悟り、息を飲む。
「先生、私が下へ行きます!」
 彼の背後でモニタを見ていたソウタがそう叫んだ。オペレーションルーム常備の医療キットのトランクを掴み、そのまま部屋の外へと走り去る。そのままダイバールームへ急ぎ下りていこうとした。彼もまた久島同様に、波留の危機を悟っていた。
 ――頼む、蒼井君。医療班の増員も許可する。
 久島はソウタの背中を見やって電通で指示を出し、ソウタもそれを了承した。
 やがてオペレーションルームのコンソールが波留達のログアウトを伝える。救助したダイバーのリンクも無事通っていた。どちらも生存状態のまま、リアルに帰還した事は久島にも把握出来ていた。彼はひとまずそれに安堵の溜息を漏らす。しかし自分達が抱えている問題はまだ解決した訳ではないと、彼にも判っていた。
 
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