オペレーションルームには異様な沈黙が下りている。各所に配置されているモニタすら点灯しておらず、単なる黒い壁と成り果てていた。 そんな中、微かな呻きを上げ、久島は頭を押さえて起き上がろうとする。彼はオペレーターと共にコンソールに倒れ臥していたのだ。 彼はコンソールに手をついて身体を起こしつつ、ちらりと隣に視線をやる。量産型女性アンドロイドであるオペレーターは、ぼんやりと両目を見開いたままコンソールに突っ伏している。胸をコンソールに預け、だらりと両手を垂れ下がらせ、そのまま動く様子はない。 ――AIを焼き切られたか、単に強制終了を掛けられたか。久島は彼女の様子にそう判断した。 ずきりと頭が痛むが、それ以上の痛みは続かなかった。全身義体である彼に呼吸の必要はないが、精神を落ち着かせるために息を吐きながら完全に立ち上がる。彼が周囲を見回すと、他のオペレーターも同様の状態になって沈黙していた。この部屋は死屍累々の様相を呈している。 「――先生、大丈夫ですか!?」 久島の背後からソウタの声がした。彼も久島同様に頭を押さえ、その声からも僅かに苦痛が感じられていた。 「ああ、何とかな」 久島は頷きつつ、頭から手を離した。 一瞬だった。いきなり何かの声――歌が1フレーズ聴こえてきたと感じた刹那、凄まじい激痛が彼の頭に走ったのだ。そして義体の神経回路が断線したかと勘違いする程に身体の感覚が切れ、彼は結果的に立っていられなくなりコンソールに倒れ込んだ。 そのまま意識も遠くなっていったが、不意に歌が聴こえなくなった。すると、それ以上の痛みも感じられなくなった。頭の片隅に痛みは残っていたが、それ以上拡散はしない。だから彼は起き上がる事が出来ていた。 そこまで思い返した時点で、久島は気付いた。叫ぶ。 「――波留はどうした!?」 慌てて彼は一番傍にあるコンソールからオペレーターの手を払いのけ、その上に自らの手をかざした。オペレーターの代わりにメタルの情報を読み取ろうとする。彼の電脳には溜め込まれた情報が奔流のように溢れてきた。 ――波留とのリンクが切れている。 情報を総合した結果、久島はそれを悟った。彼の脳内を戦慄が走り抜ける。――まさか、何かあったのか!? そこに隣からも手がかざされた。ソウタの手だった。彼もまたコンソールから流れ込む大量の情報を処理しに掛かる。 「…波留さんが自発的にリンクを切断したらしいですね」 しばしの沈黙の後に発せられたソウタの台詞に、久島は頷いた。彼の中に流れ込んできた情報からもそれは把握出来ていた。年下の部下の冷静さに引き摺られるように、彼自身も落ち着きを取り戻しつつある。 「我々を守るためか」 「おそらく」 自らの考えをソウタに首肯され、久島は拳を額に当てた。眉を寄せる。 あの歌はメタル経由で聴こえてきたものだった。そして波留とのリンクが切れた途端に、彼らには聴こえなくなった。 つまりは波留はあの歌に直に曝された――そう考えるのが妥当であるように久島には思われた。 だからリンクを自分から切ったのだ。リアルからモニタリングしていた久島達を歌から守るために。 あのまま接続状態にあったならば、オペレーションルームを踏み台として更に歌が拡散したかもしれない。そのまま電理研の全サーバを侵し、引いては人工島のメインシステムまでをも破壊する――この歌の威力の前では、その可能性もないとは久島には言い切れなかった。そして波留もその最悪の事態を想定したからこそ、早急にリンクを切断したのだろうとも理解した。 元々救助する予定だったダイバーのリンクは、弱々しいものの確保されたままだった。そのため、彼の命はまだ保たれているとオペレーションルーム側からは解釈出来た。 そしてこのリンクからは歌は届かない。彼は既にブレインダウンしていて意識がないために、ダイバー側からの情報の送信が行われていない事も幸いしているのだろう。 彼が生きている限り、傍に居るであろう波留もまだ生きているはずだった。希望的観測ではあるが、充分な根拠がある結論でもある。久島はそう判断した。 「――自発的な切断なら、我々からコードを発し続けていれば、時期を計った波留から接続を再開出来るな?」 久島にとってそれは質問ではなく、事実の確認だった。そしてソウタも頷きながら答える。 「波留さんがそれを望めば可能です」 「良し、我々はそうするしかない。彼からのアクセスを見落とさないようにしよう」 状況は良くはない。アンドロイド全員のAIを瞬殺し、人間達の脳にも気絶に追い込みかねない程の凄まじい負荷を掛けてきた歌が、今尚波留を襲っているとすれば。それは久島にとってあまり考えたくはない状況だった。 しかしリンクを切られている今、久島達に波留の現状を知る術はない。せめてリンクの回復のために、波留が掴むその糸を垂らし続けるしかなかった。 オペレーター達は歌にやられてしまったままである。この状況では彼女らを再起動する時間はない。久島とソウタは自らオペレーションルームを運用する作業に移った。 今まで数名のアンドロイドのオペレーターでやっていた作業なのだから、人間ふたりの処理能力では自ずと限界がある。そのためにオペレーションルームの機能を、波留と残りのダイバーひとりのリンクを確保するための最低限の作業のみに特化する事とした。 |