北半球では11月下旬ともなれば、肌寒くなるものである。しかしこの人工島は亜熱帯の緯度に位置しているために温暖な環境を保っている。環境分子によって気温の調整も行われており、過度な暑さでもない。
 日曜の夕方を迎えた飲食店にはそろそろ食事を求める客も訪れ始めている。このアンティーク・ガルと呼ばれる店もその例外ではない。
 本来ならばこの店はその名の通りアンティークショップのはずなのだが、現在ではそちらの用件で訪れる人間は殆どいない。マスターと通称される店主もその現状を受け容れており、飲食店の料理人としてそれなりに名を馳せていた。しかし彼の本心は誰も知る由はなく、重要視もされていない。
 それでもマスターは完全に飲食店として業種替えをするつもりにはなれないようで、店内スペースは骨董品が所狭しと並べられている。そのために確保されているテーブル数も6席と少ない。そこからあぶれた客は、店外のテラス席を利用しなければならなかった。
 客が多くなりつつある時間帯ではあるが、波留真理と蒼井ミナモはテーブル席へと滑り込む事に成功していた。彼らは早めの夕食をマスターに求め、程なく自らの前に料理を並べられるに至っていた。
「――波留さん…今日は本当に色々ありがとうございました」
 鉄板の上にて音を立て焼かれたハンバーグを切り分けつつ、ミナモはそう口を開いた。ぺこりと頭を下げると、頭上を彩る赤いリボンが揺れた。
 今日は休日と言う事もあるのか、彼女の服装はいつもの制服姿ではない。更に付け加えるならば単なる普段着と言う印象でもなく、何処か気を遣ったような印象を与える。少なくとも、普段の友人達と過ごす休日の服装とは違っていた。しかしそれが必ずしも今日の相手に伝わっているかと言えば、また別問題だろう。
「いえいえ…お気遣いなく」
 果たして彼女に相席しているその黒髪の青年は、いつものように穏やかに微笑み受け答えていた。
 彼は眼前のマリナーラソースのパスタをフォークで絡め取り、口元へと運んでいる。こちらはいつも着ているような黒シャツとジーンズと言う姿で、ミナモと比較すると至って普段通りの自然体の印象である。それでも彼の衣服はきちんとアイロン掛けされているようで、如何にも小奇麗だった。後ろに結んだ長い髪も梳られ纏められていて、光の環すら形作られていた。
「色々とお買い物出来て良かったですね。僕もお手伝い出来て嬉しいですよ」
「本当にありがとうございました…」
 波留の言葉に、ミナモはまた頭を下げる。彼女の傍ら、腰掛ける椅子の足下には様々なティーンエイジャー向けのショップの紙袋が置いてある。それらから垣間見える中身は、ことごとく衣服の類だった。
「波留さんには色々と奢って貰っちゃって」
「別に構いませんよ。こちらこそ、こんなに美味しい店に連れて来て頂けましたし」
 波留は穏やかな表情で食事を続けている。彼らのテーブルの中央にはサラダ入りのボウルやピザの大皿も置かれていて、それらをお互いの取り皿に収めている。
 とりとめのない会話をしつつも、ふたりはそれらを片付けてゆく。並んだ料理は客観的に見ると決して少なくはない量だったが、育ち盛りの少女と健康な青年の前にはそれらは着実に減って行った。
 
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