――…ここは人工島の沖合いで、イルカさんを追って辿り着いた海底で、向こうに眩しい光を感じて、自分を取り戻したら波留さんが漂って来て――。
 以上のように、ミナモは脳内に現状を整理しようとした。しかし、こうして言葉に纏めると、彼女としてはますます意味が判らなくなる。一体、何処からが普通ではない状況なのだろう――?ミナモはここが海中である事を忘れ、思わず頭を抱えてしまった。
 そうこうしているうちに、穏やかな海流がミナモの元にその波留らしき人物を導くに至っていた。
 喉を反らせた状態で仰向けに漂ってきた姿を間近に見ると、正しくその顔は彼女が知る波留真理と言う男性としか言いようがなかった。その波留は完全に気を失っているらしく、自力では全く動こうとはしない。海流に身を任せている。
 ミナモは慌ててその波留の肩を掴む。海流に押し流される動きに逆らい、自分の方へと押し留めた。
 穏やかな海流だったため、然程の労力は要さないはずだった。しかし、初心者のミナモにとっても結構な重労働だったらしく、少女はレギュレーター越しに大きく空気を吸い込んだ。息を整える。
 その波留の姿を眺めるに、ミナモには見覚えがあった。
 彼は、この7月末からのあの若返った馴染みの姿ではあった。しかし、ミナモにとってはそればかりが馴染みだった訳ではない。
 実はミナモにとって、ダイビング中に「居る訳もない波留」を目撃したのは、今回が初めてではない。前回初めてのダイブでも波留と遭遇していたのだ。
 それも、若い50年前の姿で。その時には波留は健在であり、ウェットスーツでゴーグルを装着し、笑顔でミナモに合図してきていた。その不思議な体験をアユムに報告すると「窒素酔い」だと忠告されたものだった。
 今回も「窒素酔い」なのだろうか。ミナモはそう思いかけた。
 しかし、今回の波留は、前回同様にウェットスーツではあるが、ゴーグルが何処かに吹き飛んでいる。更にはタンクも何処にもなく空気を得る手段が見当たらない。
 ――って、波留さん!?
 その時点で、ようやくミナモは、彼に差し迫っている危機に気付いた。或いは、彼は既にその危機に飲み込まれた挙句に抵抗の術を失っていた。
 ――あの、ちょっと…息してますか!?
 心中で彼女はそう叫ぶ。無論電通ではないのだから相手には伝わりようもない言葉ではある。しかし、その必死さは態度にダイレクトに表れる。彼女は右手で波留の頬を軽く叩き、意識を取り戻させようとした。
 しかし、全く反応がない。そしてその口許からは全く泡が上がってきていなかった。つまり、彼は呼気を漏らしていないと言う事になる。頬を叩かれた拍子に口許が半開きになろうとも、それは変わらない。
 ダイビングの前の座学、或いは常々受講している介助士としての訓練――この波留の現状を把握すると、ミナモにはそれらの知識から導き出せる可能性があった。
 彼は、完全に溺れてしまっている。
 
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