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ミナモは、その「海底」を静かに泳いでいた。 両脚を動かし、フィンで海水を捉え、掻き分けて推進力を得る。その先の視界に泳ぐイルカを追い掛けていた。 彼女が背中に背負っているタンクの残量はまだしっかりと保たれていた。彼女は初心者なのだから、フジワラ兄弟は元々余分に空気を準備してくれている。彼女自身にもそれを言い含めていた。だから、ミナモは予定外のダイブにも慌てていない。 現在の彼女が泳ぐ水深では、海上から降り注ぐ陽光は若干減算していた。ふと貸与されているダイバーウォッチを確認すると、前回体験していない深度がそこに表示されている。 客観的に示されたその数値に、ミナモは驚く。それを見る限りは結構深くまで潜っているはずだが、彼女自身は全く苦しさも圧迫感も感じていなかったのだ。 そもそもイルカを追うのに夢中で、沈降の最中に耳抜きすら怠っていたはずである。だと言うのに、耳鳴りもしない。全くもって普通の体調のままだった。 ウェットスーツに染み込んで来ている海水の温度も快適そのものである。纏わりつく海水にも疲れすら感じない。良く良く考えてみたら、変な状況だと彼女自身も思い始めていた。 ――アユムさんに断らずに潜っちゃったなあ…後で戻ったら謝らないと。 そんな風に、ミナモはこの勝手な潜水に対して、内心反省し始めている。しかし眼前のイルカの様子は如何にも楽しげであり、それをちらっと見ると自省も霞んでしまう。 ――この子を追っても、別にいいよね？大体、私なんかがずっと追える訳もないんだから――果てにはそんな自己弁護に至っていた。 不意に、彼女の視界に灯りが射した。ぼんやりとした淡い光をゴーグルに感じる。その眩しさに、ミナモは眼を瞑った。 ――何だろう。こんな所でも、電理研が何か設置でもしてるのかな？ 瞼を伏せたまま泳ぎつつ、初心者の少女はそんな素人考えを抱く。ある意味「困った時の電理研」そのままである。 光は収まる事を知らず、ミナモの閉じた瞼の向こうにちらつき続けている。その光にも眼が徐々に慣れて来たか、彼女はゆっくりと瞼を上げてゆく。ゴーグルに護られたその両眼で、光を眺めようとした。 ミナモの視界全体に光が広がっている。それはかなり明るい光量を保っていた。彼女はどうにかその正体を把握しようと、焦点を眼前に合わせた。 暗い海の中でその光のみが踊っている。そして彼女が追っていたはずのイルカは、何処かへと消えていた。 ――え？ 見失ったイルカを、ミナモは思わずその光の向こう側に探そうとする。 その時、光が煌いた。 その光は蒼い炎のように揺らぎ、少女の前で一閃した。 |