電理研内にも義体のメンテナンスルームは存在している。
 そこで作業を行うのは電理研所属の義体技師である。彼らは電理研所属の公的アンドロイドのメンテナンスを始め、電理研にて開発される各種改造パーツや改良部品、アンドロイドへの実験的なセットアップの導入などの機密テストなども抱えていた。電理研内で敢えて作業を行う以上、外部に漏洩出来ない技術データに携わる事が通例なのである。
 そんなメンテナンスルームの一室を、ホロンが訪れていた。
 現在の彼女は電理研所属の秘書型アンドロイドとしての制服を纏っている。その顔に掛けられた眼鏡は黒色に透過されるレンズで、他のアンドロイドとはまた違った印象を醸し出していた。目敏い人間ならば、その左手の袖口には銀色のブレスレットが輝いている事にも気付くだろう。
「――失礼致します。部長代理よりの指示書をお持ち致しました」
 彼女はその部屋に詰めている技師に対しそう宣言し、自らの右手を差し出していた。技師は作業台で行う開発業務の手を休め、そのアンドロイドと握手めいた事をする。そうやって、彼はアンドロイドから目的の文書を受け取っていた。
 彼の眼前に展開されているプログレスバーが着実に進んでゆく。そんな中、時間潰しに彼は口を開いていた。
「――あの義体、申し訳ないけど、オーバーホールはやっぱり無理だよ」
 技師の台詞に、ホロンは軽く顔を傾げた。黒レンズの奥から、窺うように人間を見やる。
 技師はそんなアンドロイドからの値踏みするような視線には慣れていた。何せ、人間との応対よりもアンドロイドとのそれで1日を費やすような立場なのだから。
「破損状況からして当然だし、そもそも衝撃で四肢のアラインメントが狂っていた。再利用出来る部品が極端に少ない以上、新調が現実的だ。まあ、評議会の議決に拠るだろうがね」
 表示ダイアログのプログレスバーが100%に到達し、文書の受け渡しが終了する。技師はホロンとの握手状態を解き、自らの電脳内でその文書を確認して行った。
 ホロンはそんな彼に会釈する。用件が済んだのだから、技師の仕事の邪魔をする訳にも行かない。彼女は簡単な挨拶を経て、彼の前から引き下がっていた。
「指示貰い次第、廃棄処分するから、形見めいたものでもあるなら保管は早目にと部長代理に伝えておいてくれ――って言っても、身につけてたものは殆ど燃えてしまっているけどな」
 その声を背後に受けつつ、ホロンは部屋の隅に置かれているストレッチャーに歩み寄ってゆく。それには青いビニールシートが覆うように掛けられていて、その内部は人間サイズに膨らんでいた。
 女性型アンドロイドは、そのビニールシートの一端を片手で掴んでいた。ゆっくりと、それを持ち上げる。
 途端に、黒い埃が舞い上がった。それらは彼女の白基調の制服を微かに汚す。しかし彼女はそれには一切怯む様子を見せなかった。
 ホロンは、そこにあった黒く長細い物体に手を伸ばす。慎重に両手で支えるようにして、それを持ち上げていた。
 しかし彼女の手がそれを取り上げた事により、その物体の表面から、黒い断片がぼろぼろと剥がれ落ちてゆく。剥離してゆくそれを、彼女は無表情に見守っていた。
 秘書型アンドロイドの視線は、その物体の一点に注がれている。
 ホロンが視線を送っているものは、物体の一端の括れたような箇所に巻きつけられているリング状の、また別の物体だった。
 その中心部は金属製らしいが、リング部分は合成樹脂で作製されているようだった。それらは周辺の状態同様に焦げた状態で、黒く炭化した物体に嵌められている。










第9話
優しい歌
- upright -

[RD2ndS top] [RD top] [SITE top]