その間も、彼は淡々と思考を巡らせていた。
 これからが本番となる。そこで上手く立ち回れなければ、自分のみならず他の人々をも危険に晒してしまう。
 彼にとっては、自分の身はどうなっても構わない。護るべきはそこに居るはずの人質達だった。単に生命を確保出来ればいいのではない。掠り傷ひとつつけず、可能ならば精神的なストレスすら与えないのが理想だった。
 ――いや、ストレスは流石に回避出来ないか。彼はそう思い直していた。
 願わくば、トラウマにまで発展しないように祈りたい。これから自分が取ろうとしている策が、果たして最善かは判らないが。
 そんな思惟に浸りつつも、彼は電脳を操作する。取得データフォルダを展開し、最新のページを選択した。そこに並ぶファイルのタイトルを眺めてゆく。そしてそのひとつを選び、開く。
 電脳内に広がるそのファイルの情報に、彼は目を細める。しかしそれはリアルの彼の容貌には一切表れない。メタルダイバーとしてメタルの取り扱いに手馴れて来ている彼は、意識すればメタルでの操作をリアルでの仕草に反映させないように出来ていた。
 そんな状況下、彼は心中で微笑みつつ、思っていた。
 ――…本当に、抜け目がない事です。そんな所ばかり久島に似て来ていて、困りますね。
 その時彼のメタル内の視界には、電理研付属メディカルセンターのセキュリティシステムのメタル構成図が展開されている。そして、その各所に配置されているゲートウェイやノードの一部に、改竄の事実とその履歴の詳細が克明に記録されていた。



 長い黒髪を後ろに結い上げた青年は、首筋に金属製の厳ついデバイスを装着している。
 その状態で背筋を伸ばし、しっかりとした足取りで、廊下を歩いていた。壁際には窓がいくつも存在しており、空から昼下がりの陽光が射し込んで来ている。その暖かな光を彼は全身に浴び、黒髪を翻して歩みを進める。
 彼の背後には覆面の男が銃を片手に掲げ、付き従うように歩みを合わせている。物騒な様相を呈しているが、彼は一切気にする様子も見せず、平然と足を踏み出していた。










第8話
フェイク
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