夕陽が周囲を紅く染め上げている。
 そこは、数寄屋造りの日本家屋だった。
 その老女は華美ではない和装で、姿見の前に立っている。綺麗に色素が抜けてしまった白髪を美しく結い上げた状態で、背筋はぴんと伸びた姿勢で前をじっと見ていた。細身の身体を包み込む和服の着こなしには慣れている様子である。
 彼女の傍らには、トランクがひとつ置かれていた。そこに視線を落とす。
 そして彼女は、姿見の前から歩みを進める。屈み込み、袖に手を添える。その隣に置かれている台に手を伸ばしていた。
 その上には、封を切られた封筒が置かれていた。彼女はゆっくりとそれを手に取り、立ち上がる。皺の寄ったその手が白い封筒を胸の前に持ち上げていた。
 老女はそれに視線を落としていた。彼女が今見ている方は裏書であり、送り主のリターンアドレスが表記されている。2061年現在の郵便物らしく、その大半はバーコード化されていて傍目にはその情報は判らないようになっている。
 しかしその裏書には人工島を支配する大企業である電理研のロゴが記されており、バーコード情報の下には手書き文字が書かれている。
 そこには「電子産業理化学研究所 統括部長代理 蒼井ソウタ」との署名がなされていた。彼女はそれを無感動な表情のままに、見ている。
 そして老女はその手を翻らせた。開かれた襖の向こうからは紅い夕陽が差し込んできている。その紅が彼女を照らし出し、白い封筒を僅かに色付かせている。
 封筒の表には、裏同様にまずバーコード情報としての宛名が記されている。これは住所の大半を情報化したものである。そしてその下には、裏書きと同じく、肉筆で宛名がしたためられていた。
 その名は――。








第4話
喪われたもの
- unlike -

[RD2ndS top] [RD top] [SITE top]