いくら酒代わりとは言え、夜にコーヒーを飲み過ぎるのは安眠のためには良くないものである。しかしこの惑星では物資に余裕がないために、士官用食堂であってもふんだんに豆を使っている訳ではない。そのために軍人達は極一部の上級士官を除けば、業務の忙しさも合間って就寝時間には体が自然に落ち着くように慣らされていた。それはロイエンタールもまた例外ではない。
 彼とて他の任地ならばまだ「漁食家」の通称に相応しい毎夜を過ごしたものだったが、この基地は辺境かつ前線のために民間人の姿はなく、女性兵も任官してきていない。そのためにこの辺境においても何処からか伝わってきている「女ったらし」との風評とは全く違い、品行方正にプライベートを過ごしている。
 仕事が引けてから2,3時間程度の、安っぽい賭け事を交えた同僚や部下との歓談も終え、彼らと別れて自室に落ち着く。この基地の人数では、大尉ともなれば個室が与えられる環境だった。自室まで持ち帰る仕事は殆どなかったため、彼は連日の激務に備えて早々に休むつもりだった。
 まだ共用シャワーが使用出来る時間帯だったため、浴びてくるかとひとまず軍服の上着を部屋の椅子に脱ぎ捨ててから用品や着替えなどの一式を出そうとしていた――そんな時に、ミッターマイヤーが彼の部屋を訪問して来たのである。
 まだまだ日が替わる時間帯ではないものの娯楽が殆ど存在しないこの基地では、現在の時間は最早就寝時間帯に近かった。そんな時間帯の訪問に、ロイエンタールは少々驚いた。特に、付き合いは短いが、普段はこのような非常識な時間帯に押し掛けてくるような人間ではないと思っていた人間であったから。
 訪ねてきた方も、自分の非常識さは理解している様子だった。眉を寄せ顔を伏せがちにしてすまなそうな表情をしていた。
「――休むだろう時間帯に悪いが、少し話をしてもいいだろうか」
 扉が家主によって開錠されて一瞬の間の後、ミッターマイヤーは顔を上げてそう言った。それでも表情は相変わらず申し訳がなさそうにしている。
 訪問者は軍服をきちんと着用したままだったが、手荷物は持っていなかった。そのため、自室に一旦帰ってからの訪問だろうとロイエンタールは見て取った。しかし、髪は濡れてもいないし生乾きでもなさそうだったので、シャワーも浴びずにそのまま来たのだろうとも判る。そもそも余計な事をしてきた暇がないのは、彼らが別れてから今までの時間を考慮すれば明らかだった。
「…ああ、良かろう。上がれ」
 結局ロイエンタールは許可を与えた。若干下げられた蜂蜜色の頭を見やりつつ、片手を壁に添えるついでに軽く拳を作ってこつんと壁を叩く。
 この訪問者は理由なく非常識な事をする人間ともロイエンタールには思えなかった。短い付き合いなのだから未だに見ていない一面も数多く残されているだろう。しかし彼はそう確信していた。
 しかしながら、これを買い被りと言うなら、そうなのだろうとも気付いている。気付いているが、その視点を変えるつもりはなかった。――つまりはこのような感情を、人は「好感」と呼ぶのだろうと、彼はまるで他人事のように分析する。
「すまんな、手土産もなくて…」
 そう言って申し訳なさそうにミッターマイヤーは扉を通る。道を空けてやりつつ、その態度にロイエンタールは微笑した。
「何、酒が手に入る環境でもないから期待はしておらぬよ。――それに、酒替わりのコーヒーを今更持って来られても困るしな」
 ロイエンタールの台詞にミッターマイヤーは肩を竦めた。両手を挙げて苦笑する。
「俺も、コーヒーはもうたくさんだ。これ以上飲んでも困る」
「全くだ」
 そう、ふたりは笑い合った。ミッターマイヤーを部屋の中に招き入れ、ロイエンタールは扉を締めた。

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