ミッターマイヤーの表情が綻んでいる様を、隣のロイエンタールは横目で眺めていた。未だ微かに湯気を湛えているコーヒーを啜っている。
 そこで、ここまで全く会話に加わらなかった大尉に順番が回ってくる。カードを捨てる彼は他の三人と同じく表情にカードの内容を映し出さない。淡々と、見ようによってはつまらなそうな風にカードを山に投げ捨てた。彼特有の金銀妖瞳と呼ばれる両眼にも特別な感情は全く見られなかった。
 それとは正対称と形容出来得る表情で、少年がロイエンタールを見ている。興味津々と言う表現がぴったりだった。今までこのテーブルの他の軍人達からは好意的に会話を交わしていたからだろうか。或いは若さ特有の無邪気さからだろうか。ともかくシュテファンと言う名の少年貴族は、ミッターマイヤー大尉に話を向けた時のように、自分からロイエンタール大尉に話し掛けた。
「――ロイエンタール大尉の御実家も確かオーディンでしたよね?」
 悪意のない、明るい声がロイエンタールの想定外の方向から投げ掛けられる。彼はその少年から話し掛けられるなどとは思ってもみなかった。自分がその子供に興味を示していないからだ。思わず、山からカードを数枚引く手が一瞬止まる。
「…ああ、そうだ」
 僅かの沈黙の後に、ロイエンタールは必要最小限の答えを寄越す。そのままカードを摘む指を持ち上げた。
 彼は内心この少年が苦手だった。彼は少年の事を可愛くも何とも思わない、少数派の立場であったからだ。露骨に邪険にする事もないが、内心を偽って優しくする必要もないとは思っている。
 門閥貴族に係累を持つと言う話であるこの少年が危険な前線に居るという事実。それを、上流貴族なのに前線に出ているとは凄いと認識すべきか、それとも所詮は命のやり取りがない後方支援なのだから大した義務の果たし方だと認識すべきか――ロイエンタールにはどちらかと言うと後者の考え方を持ちがちだった。
 どうせ卒業しても任官するとは思えない。口では戦うとは言っているが、それを上流貴族の親兄弟が許すとも思えない。彼は名ばかりではあるが貴族の一員ではある帝国騎士の出身だが、上流貴族に対するイメージの持ちようは非常に好ましい代物ではなかった。それには一般的なイメージによる反感だけではない。
 しかし彼はいい歳をした大人であり、同僚や部下との同席と言う状況である。子供に対して馬鹿げた言動を取る程、感情のままに生きていない。それでもロイエンタールはカードから視線を外さず、シュテファンの方を見ようとはしなかった。さりげない手つきで手元に迎えた新たなカードを並べ替える。
「ミッターマイヤー大尉の御実家にはお世話になったことはないのですか?」
 ロイエンタールから回答を得たシュテファンは、更に質問を続けた。相変わらず明るくはきはきとした声が、ロイエンタールの顔と同じ程度の高さから聞こえてくる。声変わりを迎えていないボーイソプラノは、あちこちのテーブルから漏れ聞こえる軍人達の低い声とは対照的であった。
「…俺はあまり家の事には関わらないのでな。執事に一任している」
 また、若干の沈黙があった。一応の回答は加えつつも、ロイエンタールも相変わらず手元ばかりを見ている。賭け金代わりのコインを1枚、掌の中で弄んでいた。
「と言う事は…まだお若いのに、御当主なのですか?」
「他に兄弟が居ないのでな」
 少々婉曲な表現でシュテファンの台詞を肯定しつつ、ロイエンタールは手の中のコインを場に出した。コインとテーブルが当たる事で立つ硬い音が、店の喧騒の合間に妙に大きく響く。
「大変そうですね…」
 シュテファンは言葉の内容にも声質にも感嘆の思いを隠さず、そう言った。自分の立場に当て嵌めてみて考えたのだろう。
 この台詞は今までとは違い、質問ではなく個人的な感想と言うものだった。少なくとも、近くで聴いているロイエンタールはそう解釈した。だからこの台詞に対する反応は返さない。空いた片手で前髪を掻き上げる。俯き加減になり、微かな溜息を漏らした。それから思い付いたようにコーヒーに口をつける。カップの中のコーヒーは半分以下になっていた。

[next][back]

[NOVEL top] [SITE top]