カードの順は、先程シュテファンに声を掛けた中尉になっていた。彼はこのテーブルに着いている尉官兼プレイヤーの面々では一番年長である。彼はカードを数枚交換しつつ、口を開いた。
「――おそらく小官の実家も、ミッターマイヤー大尉の御実家にはお世話になっているような気がします」
 ミッターマイヤーはその台詞に視線を向ける。その中尉はミッターマイヤー直属の部下であり、上官として彼の履歴も把握している。
 その中尉は平民であるが、オーディンの商家の三男坊でそもそも生活には困っていない係累だった。商家の跡継ぎではないために我が身を大事にする必要もなく、かと言って何もしない訳にはいかない。そして商才が欠けているかそもそも軍人家業が向いているか、或いはその両方か――そんな理由で結果的にそれなりの年月を戦場に費やしていた。この世の中ではそれ程珍しくない来歴の人種である。
「どうやら俺の親父は相当腕利きらしい」
 部下の来歴を脳内で紐解いたミッターマイヤーは、片手でカードを保持しつつもう片方の手でコーヒーカップを持ち上げた。カップを口元まで持って行き、数口飲む。あまり良い豆を使っている訳ではないコーヒーだが、そんな代物でも前線の人間にとっては安らぎになり得ている。
 上流貴族と商家。それぞれ金銭面にかなりの余裕はあるがあくまでも違う種類の人間達から、自分の実家の評判を訊く――ミッターマイヤーにとってそれは初めての体験だった。更にその評判がなかなかに良い。自分とは直接関係のない話である。評判が良いのはあくまでも彼の父とその会社の職人達であり、彼自身が褒められている訳ではない。しかし、それでも喜ばない理由はなかった。少なくとも、ミッターマイヤーと言う個人にとっては。
「何も小官達のみがこんな事を言う訳ではないでしょうに…任官以前に、お父上への賞賛を御存知なかったのですか?」
 中尉が怪訝そうに投げ掛けてくる質問に、ミッターマイヤーは少し苦笑する。――賞賛とは、彼が知る父親には似合わない言葉であるように思えたのが一点。そしてもう一点を、彼は台詞にして説明した。
「俺は独り息子だからな。親父としては後を継がせたかったんだろうが、俺は親不孝にも士官学校を受験して、しかも受かってしまったよ。だから家業の状態はあまり判らないんだ」
 造園業とは、生きる上ではあまり必要とされない業種である。そんな業種でもある程度仕事が途切れていない。そこから、彼は親の仕事振りを類推する事は出来ていた。そして「計算機要らず」とまで言われる程に昔から数字に強かった彼は、たまに与えられるままに家業の経理の計算をやる事もあった。そこに並んでいる数値も、今なら理解出来る。しかし実際に「庭師としての腕前」が他の職人とどう違うのか、それは実感出来ていない。
 どうやら実際に仕事をやって貰った側からの意見を総合すると、その腕は上々であるようだ。この2者の実家ならば数々の職人を使った末の贔屓なのだろうから――彼は、そう思った。
「それ程に素晴らしい庭師さんなら、我が領地にも出向いて頂きたいですね」
 順番が回ってきた次の中尉がそんな事を言いつつ手元のカードを眺めやっている。先の中尉程の年長ではないが、ふたりの大尉よりも歳を重ねている面持ちであった。こちらの中尉はミッターマイヤーではなくロイエンタールの部下なので、ミッターマイヤーはその来歴を知らない。只、名前にフォンがついている事から、貴族の出身である事だけは理解していた。
「卿の実家は何処だったか?」
「私だけ仲間外れのようでして…オーディンどころかヴァルハラ星系ではないのですよ」
 貴族の中尉はミッターマイヤーの問いに受け答えつつ、自らのカードを3枚捨てた。代わりに山から同じ枚数を取って手元に加える。視線を落として新たなカードを確認しつつも、表情は変わらない。どうやらこのテーブルの全員がポーカーフェイスをそこそこに心得ているようだった。
 ともかく中尉の答えに、ミッターマイヤーは空いている片手で顎を撫でる。軽く首を横に振り、言葉を続けた。
「ああ、それなら残念ながら無理だろうな。親父はそもそも星系外どころか首都星自体からもなかなか出て行かないらしいから」
「それはそれは…腕がおありなのに勿体無い」
 言いながら中尉は自分のコインを1枚摘み上げた。しかし2本の指で挟み込んだまま、数度指を擦り合わせるだけで場に出そうとはしない。どうやら賭け金を上げるかどうか、迷いがある様子だった。
 ミッターマイヤーは中尉の台詞を訊いて片手を振る。多少、真面目腐った口調で言葉を返した。
「腕があると言ってもそれは親父や職人達の個人の技量だ。事業規模を増やしても個人の負担が増す事で肝心の事業の質を落としてはどうにもならない」
「成程…大尉と同じく、堅実な方なのですね」
 中尉は弄んでいた1枚のコインを、結局場に押し出した。コインがテーブルに当たって軽く鋭い音を立てるが、客が割と入っているためにそれ程目立つ音ではなかった。
 手札の入れ替えが一巡したが、未だ誰も上がろうとはしない。手が出来ていないのか、もっと良い手を狙っているのか――彼ら尉官は互いの顔から感情を見透かそうとしている。
 その中で、順番が回ってきた格好になったミッターマイヤーが軽い溜息をついた。眉を寄せ、片手が持ち上げられたカードの上を彷徨う。何やら迷った風な手の動きをした挙句、5枚のカードの中から真ん中のカードが1枚引き抜かれた。そのまま無造作に、雑然とした捨て札の山に滑るように投げる。
 ゲームの作業を行いつつも、彼は先程中尉から言われた台詞に対して思い出したように言う。
「俺はともかく…そう言えば親父は似たような事を口癖にしていたな」
 確かそんな内容の事を言って、専門学校への進学を勧めようとしていたのではないか?――ミッターマイヤーは、士官学校入学の願書を貰ってきた日の事を思い出す。
 自分ではあまり似ていないと思っていた父だが、そう思うと似ている箇所があるのかもしれない――彼はそんな事を考えた。もっとも彼とその父親以外の周りの人間達は「とても良く似ている親子」と評するのだが。
 それを思い、彼は苦笑した。その表情を浮かべたまま、カードを1枚引き、手元に引き入れる。改めて揃えられた5枚のカードを眺めやりながら、前髪を掻き上げた。楽しそうな表情はカードの内容からなのか、それとも脳裏の思い出からなのか、彼以外の人間には判別が不可能だった。そのため、ある種のポーカーフェイスの役割を果たしている。

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