「――擦り傷とか打撲とかでそこまで酷くはないね」 彼はそんな事を言って僕のシャツをそのまま着せる。本当に微笑を絶やさない。多分僕を不安がらせないためだ。 それから彼は左足に触れようとする。が、そこに触れられると、僕の全身に痛みが駆け抜けた。僕は痛みに弾かれたように体を震わせる。顔を歪め、口から苦痛の呻きが漏れるのを止められない。 「――ああ、痛かったのかい!?すまない、酷い事をしてしまった」 僅かに意識も遠のきかける中、彼が慌てて叫ぶ声が聞こえる。ゆっくりと気を遣いながら衣服をずらして、彼が僕の左足首に触れるのが判る。冷たい足に触れる暖かい手の感触が、微かに伝わってくる。――痛いから、それを訴えたからと言って、焦る大人を初めて見た。彼が悪い訳ではないのに、だ。 暫く僕の足を見た後に彼は大きく頷いた。寝かせてある僕の顔を覗き込む。また、大きな瞳が僕に向けられる。 「うん、捻ったみたいだね。腫れてるよ。動かさない方がいいし、出来たらちゃんとした医者に診せた方がいい」 そんな事を言いながら、彼は自分のマントを外した。真っ赤なマントが僕の前に広がる。広げたそれで僕の両足を覆う。そして僕の足に手際よくマントを巻きつけていく。 「え、あの、ちょっと」 「どうかした?」 僕は戸惑うが、彼はさっさとマントを僕の足に巻いてしまう。適度な厚みを持たせつつ、締め付ける感じはしない。それを膝の辺りでまとめてしまい、結びにかかる。 僕は慌てて彼の腕を掴む。彼を押し留めようとしたつもりだった。が、彼は何を勘違いしたのか、僕の手を掴み直す。軽く引っ張って僕の上体を起こしに掛かった。僕は彼の力によって軽々と起き上がる。草が背中にくっついた感触がする。 勘違いに一瞬戸惑うが、僕は気を取り直す。マントを上から撫でた。手触りがいい。結構良質の布で作られているのではないだろうか?そんなものを身に着けているとするなら、彼はかなり地位が高い人なのだろうか。 ならば尚更だ。僕は彼の方を見て言う。 「こんな風に使ったらあなたのマント無駄になるじゃないですか」 「マントは傷の手当てにも使うのだから、これもまた真っ当な使い方だよ」 あっさりと台詞が返ってきた。口元に微笑を浮かべている。本当に人好きがしそうな笑い方をする人だと思う。歳はまだ若そうで、それもまた親近感を持たせる要素なのかもしれない。 それだけではない。彼の微笑からは打算も何も感じられない。本気で僕を心配してくれているような気がして、それが僕の調子を狂わせる。 ――こんな人、僕の周りには今まで居なかった。寄り付いてくる大人は全て父の命令で世話をしてくれる人々だった。こんな人が僕の周りに居る訳がなかった。 何だか真っ直ぐ見てられない。僕は彼の顔から視線を反らし、俯いた。 彼は黙ってマントの端を結ぶ。厚手の布だからかなかなか上手くいかないようで、相変わらず手間取っている。不器用な訳ではないと思うんだけど。 「…と言うか何故両足」 俯いたまま僕は呟くと、彼も手元から視線を外す事無く答えを返してくる。 「片足だけだとついつい動かしてしまうものだからね」 「それじゃ僕動けないんですが」 「え?」 僕の呟くような声に、彼の手が停まった。顔を上げて僕を見る。首を傾げ、きょとんとしていた。前髪が目元に掛かる。まとまりがなくて鬱陶しそうな髪だと僕は他人事ながら思った。 ともかく彼は僕を見据えて言ったのだ。 「――だって俺、君を連れて行くつもりなんだけど」 |