| 「――俺だって卿の本邸の使用人達が作ってくれる食事が懐かしいぞ」 ミッターマイヤーは部屋の入り口の壁に寄りかかって、話題を変えた。しかしロイエンタールが眠ってしまう可能性も考慮して、返答は期待していなかった。 それでもこの話題には触れておきたかった。彼は親友の邸宅の使用人達を気にいっていたからだ。貴族に仕える人々だが卑屈な訳ではなく、礼儀正しく職人気質に溢れている。そんな人々が彼は大好きだった。このような人々に幼少の頃から育てられていたからこそ、親友はこんなにも良い人間であるのだろうと、彼は思っていた。 「ああ…あれらは本邸に残してきた。今更他の惑星に連れてきても困るだろうしな」 ミッターマイヤーの危惧は外れ、ロイエンタールは再び会話に参加してきた。幾分眠そうな印象を受けるが、返答は確かである。だからミッターマイヤーも普通に台詞を返す。 「あの家、売らなかったんだな」 「今までなら買い手もついただろうが、最早オーディンは首都星ではない。無駄に大きい屋敷など買う物好きもおらぬだろう」 ロイエンタールには現在の当主たる彼だけではなく、先代からの資産もほぼ手付かずのまま残されている。旧門閥貴族には流石に程遠いが、貴族としては水準以上のその資産を彼は保持するに任せ、資産運用などは行っていない。 そのためにオーディンの本邸を手放すにしてもそれは「当主が長期不在になるため」が理由に当てはまった。が、彼はその充分な理由を生かして本邸を処分しなかった。フェザーンに移住するならば当地で使用人を雇用した方が都合がいいように思えたし、本邸をどうしても処分しなければならない理由もなかったからである。彼が今の台詞で述べたように、買い手が確実につくとは限らないと言うのもある。 本邸の使用人達はそのまま「本邸を維持するため」と言う名目で、本邸に雇用したままとしている。彼は資産家であり、長期間使用しない邸宅の維持費に困る事はない。 少なくとも、彼自身は、現状において最善の方法を選んでいると思っている。――本邸を処分せずに使用人を雇用したままにするとは、この俺もある程度の情に流されているのか。そう自嘲しないでもなかったが、それでも彼はこれが理論的にも最善だと思っていた。 「しかし使用人達を残してきたと言う事は、あの屋敷を維持するつもりなのか」 ミッターマイヤーは親友からそれらの事情を訊いた訳ではないが、推量する事は出来た。 広い邸内と十数人の使用人の顔が彼の脳裏に浮かぶ。ロイエンタールとは長い付き合いになるが、使用人全員と顔を合わせた事になるのかも、彼は知らない。それでも彼は使用人達に純粋な好感を抱いている。 「何時になるか判らんが、別荘として使うも良かろうと思ってな」 「そうか。何時になるかは判らんが、その時には俺も招待して頂けると嬉しいものだ」 相手の言葉を捕まえて、ミッターマイヤーは言う。 そんな日々が何時やってくるかは神ならぬ彼には判らないが、何時かは隠居する時期がやってくるだろう。彼自身としては、若い世代に全てを任せられるようになればすぐにでも地位を譲るつもりであった。しかし現在に生きる彼らにしてみれば、それはとりあえずは夢想だった。 不意に、微かにスプリングが軋む音が響く。ミッターマイヤーの視界の中で、毛布を被ったロイエンタールがごそごそと動いていた。どうやら寝返りを打っているらしい。枕代わりのクッションを掴み、僅かに動いた頭の下に敷き直す。 ようやく格好が安定したらしいロイエンタールは再び口を開いた。 「無論だ。――その時には奥方と、卿の子供も連れて来るんだな」 そのロイエンタールの申し出は、ミッターマイヤーには意外な事だった。 ミッターマイヤーは軽く瞳を見開いた。少し息を吸う。空気が胸郭を満たし、そして吐き出した。吐き出した息は熱さを持っていた。酔いを自覚するが、彼の脳裏には再び妻の笑顔が思い浮かぶ。 するとミッターマイヤーの目元が緩み、顔が紅潮する。少し照れ臭くなり、鼻の頭を掻いた。そして万感の思いを込めて、短く頷く。 「…ああ」 |