| ロイエンタールは親友の動作を見やりながら、顎に手を当てた。グラスにふと視線をやると、微かに残された泡の成分が液体に戻りつつある。そしてまだ中程までに残っているビール瓶に視線を巡らせるが、彼はそれを手に取る事はしなかった。 替わりに、テーブル上の皿に残された僅かな食べ物を口に放り込む。彼にとってはその味は大した事はないが、大衆ビールと共に食べる肴としては適当な食物だった。 それから彼はグラスの縁を軽く指で弾いた。ソファーに深々と身を沈め、俯き加減で瞼を伏せ、口元に笑みを浮かべて言う。 「――卿は初恋の女だかに7年間恋焦がれ、その恋を成就させて今に至るのだったな。俺などとは違って真の意味で女に恵まれた男だから、卿には判らんのだろう」 「………は?」 ミッターマイヤーは何を言われたのか全く判らなかった。顔を上げ、呆けたように口を大きく開けてしまう。親友の顔を伺おうにも俯いてしまっているし、瞼は伏せられているためにその瞳の表情も判らなくなってしまっていた。 彼は小首を傾げ、テーブル上に置かれたままだったビール瓶を手に取った。まず自分のグラスに注ぎ、次いで親友の手の中にあるグラスに注ごうとする。 注ごうとする事を促しても、彼の親友は何もしなかった。俯いたまま、手をソファーの背に掛けている状態だった。グラスが微妙に傾いているために、そのまま注ぐ事は難しい。ミッターマイヤーがビール瓶の口をグラスに音を立てるようにして置いても、ロイエンタールは姿勢を正そうとはしなかった。 ――もう酔っ払ったか? ミッターマイヤーは親友の状況を見て、そう思った。そんな彼の目許も微妙に色づき始めている。しかし、空けた瓶の本数は、普段の彼らふたりの酒量には未だ程遠い。 不意にロイエンタールが顔を上げる。勢い良く姿勢を正した。俯き加減だった姿勢が起き上がる。ミッターマイヤーは慌ててビール瓶を上げ、液体が零れ落ちるのを防いだ。それでも僅かに瓶の口元から液体がグラスの中に注がれる。液体は普段よりも大きな音を立て、衝撃で泡が多く立つ。 ミッターマイヤーの行動をよそに、ロイエンタールは鼻で笑った。楽しそうな顔をしていた。それは先程「無礼な女を捨ててきた」と言い放った時と同じように楽しげな笑みだった。 そしてロイエンタールは目を細め、声を立てて笑ったまま、ミッターマイヤーにこう言った。 「恋と言うのは障害が多いほど燃え上がるものだぞ。卿のような純朴な男には判らんだろうよ」 ミッターマイヤーの動きが止まった。 ビール瓶を片手にしたまま、硬直してしまっている。目を見開いて、本気で驚いているような表情を浮かべている。今まで酔いを感じさせていた瞳からそれが飛んだ。 親友の顔を見て、ロイエンタールは唇を吊り上げた。酒精が踊る、色が異なる両眼が喜色を浮かべている。余程面白いのか肩を揺らして数度笑うと、彼が手にしたグラスの中で液体が踊った。 やがて、対するミッターマイヤーは苦虫を噛み潰すような表情になる。舌打ちをし、口元を歪めて、押し殺すように言った。 「…ふざけるな、ロイエンタール」 それは険悪な声であった。普段のミッターマイヤーからは連想できないまでの声の調子だった。 但し、声を発した当人が本当に険悪な思いしか抱いていないかと言うと、それは違った。 ミッターマイヤーは確かにロイエンタールに馬鹿にされたような気もしていた。それは普段からの偽悪的な態度と比較しても、更に度を過ぎた表現だった。 が、それだけではない。ミッターマイヤーは明らかに戸惑っていたのだ。 ――冗談だとは思う。 ………が――…もし、本気だったら――? ミッターマイヤーは、その疑問を確実に拭う事が出来なかった。それを探るべく、複眼を思わせる親友の色違いの両目を伺うが、今はどうにも只の酔っ払いの瞳にしか見えない。 ともかく戸惑いの気持ちがあったからこそ、ミッターマイヤーは自らの怒気を制御できなかった。そのために普段の彼ならば抑える事が出来たであろう、険悪な感情を吐露してしまった。 |