| 現在、このふたりの会話の俎上にある女性の名は、エルフリーデ・フォン・コールラウシュと言う。彼女こそが現在、ロイエンタール宅に囲われている女性であった。 おそらく、一般的な評価としては、現在彼女がロイエンタールの愛を一身に受けていると言う事になる。もっとも、ロイエンタールが漁色家であると言う噂はこのフェザーンにも知れ渡っている。そのために彼が彼女に注ぐ愛が恒久的なものであるとは、殆どの人間が信じてはいなかった。 ミッターマイヤーは親友の漁色を近くで見てきた人間である。いつかはこの行為を止めて貰いたいと思っていたし、実際に結婚を勧めてみた事もある。但し、彼の試みは結果としては親友に笑い飛ばされるのが常であった。 「――ロイエンタール。何度も言うが、あの女は良くないぞ」 結局自分で新たに開けたビール瓶から液体を注ぎつつ、ミッターマイヤーは繰り返した。半ばほどまで注いだ後で、ふとテーブルの上のもうひとつの空のグラスに気付き、彼はそちらにも注ぐ。 「良くないか。卿が俺にアドバイス出来る程に、女を見る目を備えているとは意外だな」 テーブル上の自らのグラスに注がれていく液体を横目で見やり、ロイエンタールはそう言った。皮肉げな口調になる事は止められない。 普段ならばミッターマイヤーは、ロイエンタールのその口調に引っかかりを感じる事はない。親友の偽悪的な態度は10年来の付き合いで判っている事である。ロイエンタールがその態度で他人に対して損をする事を心配はしても、自分に対してその態度を用いられて立腹する事は通常はない。 が、今回は何かが違うような気がした。それは発信した側か、それともそれを受け取る側の問題なのか。ミッターマイヤーにはそれは判らないが、違和感だけが心に残る。グラスに液体を注いだものの、飲む気がしない。彼はそのまま話を続けた。 「あの女の性格とかは知らんが、それ以前の問題だ」 「リヒテンラーデ公の血族、か」 「そう言う事だ」 ロイエンタールの台詞に、得心したようにミッターマイヤーは頷いた。 ミッターマイヤーは、親友が自宅に女性を囲う事自体が悪いとは思ってはいない。性格云々も他人が口出しする事ではないと判っている。通常の男女の関係ならば、遠目から見守るだけであり、時には応援してやる事もやぶさかではなかった。 問題は、このエルフリーデと言う女性の生まれだった。彼女は故人である旧帝国の宰相であったリヒテンラーデ公クラウスの甥の娘に当たる。そしてリヒテンラーデ公とその血族の成人男子を故人にし、他の者を流刑にしたのが現帝国の体制側であり、その謀略の陣頭指揮を執ったのは「帝国軍の双璧」――ロイエンタールとミッターマイヤーのふたりであった。 彼らはリヒテンラーデ公謀殺を権力闘争の末の出来事であると認識している。あの時点で手をこまねいていては、ローエングラム公ラインハルト側の自分達が謀殺されていただろうと思っている。だから、後悔はしていない。生き残った一族から恨みを買う事も当然であり、それについて何も思う所はないのはロイエンタールもミッターマイヤーも同じだった。 ふたりが違うのは、襲ってきた生き残りに対する処遇だった。エルフリーデは流刑地からオーディンに舞い戻り、ロイエンタールを待ち伏せして襲撃した。そしてロイエンタールは彼女を憲兵隊に突き出す事もせず、自宅に置いている。 ミッターマイヤーには、この親友の行動理念が全く判らなかった。過去の政敵であるリヒテンラーデ公の血筋の生き残りを、現政権の最高幹部が囲っている。それが明らかになった場合、影響は何処まで及ぶのか。それが判らない男ではないだろう――ミッターマイヤーはそう思うのだ。だから事あるごとに、エルフリーデを切るようにロイエンタールに口を出していた。 ところがロイエンタールにエルフリーデを追い出すつもりはないらしい。あろう事かオーディンを発った後にはフェザーンにまでついて来てしまった。無論、ロイエンタールが能動的に彼女を連れてきた訳ではないとは判っている。しかし受動的にでも、新たな自宅にリヒテンラーデの血族を囲っている事実は変わらない。 「――それが判っているなら、何故あの女を自宅に置いておく?」 首を横に振り、ミッターマイヤーはロイエンタールに何度目かの問いかけを行った。同じ問い掛けを今までに何度したのか彼は忘れたが、その度に親友は何も答えない。今回もまた、ロイエンタールはグラスに口をつけて黙っていた。悠然とした表情で中の黄金色の液体をゆっくりと飲み干す。 ミッターマイヤーはそれを見ていたが、続ける。反応をもたらさない忠告程、無意味なものはないと感じながら。 「かつての政敵の血筋を囲っているなど、軍務尚書に知られたらどうなる。格好の攻撃対象だ」 親友の忠告を耳にしながら、ロイエンタールは視線を親友に寄越す。少し目を細め、笑みを浮かべた。口からグラスを外し、口元に残る泡を軽く手で拭う。 「…それが心配でたまらないようだな。疾風ウォルフは」 「卿は俺より遥かに賢いからな。他に俺が心配する事はない」 ミッターマイヤーは憮然とした表情を浮かべてそう答えた。そして手の中のグラスを握り締め、一気に飲み干した。フェザーン資本による大衆ビールは未だに味を損ねておらず、彼の乾いた喉を潤していく。 |