本来は独りの晩酌のために買っているビールのため、1本辺りの量もそれ程ない。そのため、ふたりがかりである今晩では、一瓶は簡単に開けられた。それが更に数本揃っているが、おそらく長い時間は持たないだろう。
 その1本を空けるうちに、ふたりは軽い世間話を交わした。今の自分の仕事の状況と展望、或いは軽い愚痴が軽快な会話に乗る。まだ酔う量ではないが、陽気な会話だった。彼らはこの場では帝国元帥や国家の重鎮と言う地位を完全に下ろした、単なる親友の間柄となっていた。
「――ところで、卿は何故来たんだ?」
 ミッターマイヤーは言いながら、新たに開けたビール瓶を親友の空のグラスに傾けた。冷えた中の液体が小気味良い音を立てて注がれていく。
「卿は定時上がりしたと訊いたからな。その割には帰りが遅かったのでかなり待たされたが…来てはならんのか?」
 どうやらミッターマイヤーは注ぎ慣れているらしく、泡と液体の分量が程よい状況でなみなみとグラスの縁まで達する。ロイエンタールはそれを感心した目つきで見やっていた。目を細め、微笑む。
 ミッターマイヤーが部屋着の簡素な私服なら、ロイエンタールも既に軍服の上着もマントも外してくつろいでいた。それらは持ち主の手を離れ、ハンガーに吊られてクローゼットの中に納まっていた。
「まあ、いかんとは言わんが、見ての通りの状況だ。前もって言ってくれていないと、酒も食い物もないのでな」
 ミッターマイヤーは片手を軽く手首だけ振り、テーブルを指し示すような格好になった。そして苦笑してそんな事を言う。
「今後は気をつけるとしよう」
 それを受けたか、ロイエンタールは頷いた。グラスを口につけ、液体を流し込む。大衆酒の類であったが、彼はこれをまずいとは思わなかった。多少の物足りなさを感じないではないが、普段飲んでいる銘付の酒とはまた違った旨さがあった。ブランドではない酒であってもそれなりの旨さがある。それもまた、フェザーンの豊かさを示す代物だと彼らは感じる。
 ミッターマイヤーもグラスを口につけた。心地良い疲れを感じる肉体に酒が染み渡る気がする。特に今日は聡明な子供達と遊び、その後に長年の親友と酒を楽しんでいる。どちらも予定外の出来事であり、どちらも喜ばしい事だった。だから彼は幾分陽気になってきた。
「――先客があったのではなかったのか?」
 軽い気分でミッターマイヤーはロイエンタールに訊いた。「先客」があったから、彼の誘いを親友は断った。元々そんな展開があったはずだった。それなのに、誘いを断られたはずの親友がわざわざ自分の家を訪ねてきていた。玄関先で親友を目撃した時に感じた疑問である。
 しかし今となっては、ミッターマイヤーの中ではそれはどうでも良くなっていた。あくまでも話の展開として、訊いただけだった。
「――先客、か」
 ロイエンタールはミッターマイヤーの台詞を訊き、鼻で笑った。その笑みは親友に対する好意的なものであった。が、僅かに他の成分が含まれているような気も、当の親友には感じられた。
 鼻で笑った後、彼はグラスの中身を飲み干した。半分ほど残っていた黄金色の液体が消え去っていく。それを飲み干した側は、心地よさそうな顔をしていた。
 そして彼はグラスを下ろした。テーブルの上に置く。グラスの周りには結露した水滴を帯びていたため、殆ど音を立てる事はなかった。彼はその後、微笑を浮かべてミッターマイヤーを見た。口元に手を当て、軽く声を立てて笑う。
「先客なら確かに居たさ。――だが、いささか無礼だったものでな、捨ててきただけだ」

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