「――な、何故卿が今ここに居るのだ!?」
 自らの親友に戦闘用ナイフを向けている事実を思い出したミッターマイヤーは、慌てながらそんな事を叫んだ。そのナイフを元の場所に戻そうとするが、手荷物が多い上に動転しているためになかなか上手く行かない。
 その様子を見下ろす格好になっているロイエンタールは、呆れたように言う。
「もう元帥なのだから、袖やベルトに小型ナイフを仕込むとか、そう言う真似はよせ」
「滅多に抜く訳ではないし、ブラスターよりこちらの方が市街地で奇襲された際に応戦し易いのだ。…ではなく!」
 思わず説明しつつようやくナイフをしまったミッターマイヤーは、話題が違っている事に気付いて戻そうとした。が、二の句を継ぐ前に、ロイエンタールに先を越される。
「――と言うか、卿のその姿は何だ?」
「…何だよそれ」
 ミッターマイヤーは豪胆な男だが、未だに動揺が抜け切っていないようである。そのために「疾風ウォルフ」の二つ名に恥じる状況に陥っている。そしてロイエンタールの台詞は、ミッターマイヤーにとって全く予測がつかない辺りを掠っていくために、それに対応するためにまた動揺を落ち着かせる事が先送りにされる。
 とは言え、服装への指摘である。ミッターマイヤーは思わず自分の手元のマントに視線を落とした。そして首に引っ掛けている軍服の上着の存在を思い出す。――確かに、まともな格好ではない。目の前の親友の、勤務中と全く変わらずきっちりと軍服を着こなしている姿と見比べるとそれが際立つ。
 それを思い、ミッターマイヤーは頭に片手をやった。苦笑いを浮かべ、自分の髪を少し掴んだ。――この夕方の話をしてやろう。そう決め、彼は口を開こうとする。
 が、またしてもロイエンタールが先陣を切った。
「俺に対してもあっさり武器を抜く辺り…まさか、暴漢と一戦交えた後か?」
 ――またしても、ミッターマイヤーにとって明後日の方向の問いだった。しかしロイエンタールは大真面目な顔をしている。
「………は?」
 腕組みをして眉を寄せて考え込むような仕草をするロイエンタールに対して、ミッターマイヤーは口をぽかんと開けてしまった。しかしロイエンタールは納得するように数度頷く。
「――うむ…確かにそうならば様々な事に説明がつく…」
「いや…あの」
 瞑目して呟くように語り始めるロイエンタールに、ミッターマイヤーは苦笑しつつ言う。その思惟を止めようとした。が、こうなったロイエンタールはなかなか戻ってこないのが常であるらしい。
「戦う際にマントは邪魔だし、外して手に持っておけばいざと言う時武器にも防具にも使えるからな。上着も同様だ」
「…おい、ちょっと…」
「しかしその割には衣服に傷ひとつつけていない…まさか暴漢も卿と同じくナイフのみで襲ってくる訳もなかろうし、流石だな。並の敵では卿にはかすり傷ひとつつけられぬか」
「…待て、だから………」
「ここまで遅くなった理由は、ひとまず暴漢を無力化した後は警戒していたからか…まっすぐ帰る訳にもいくまいし、敵が他に居るならまとめて叩くに越した事はないからな…俺もそうするだろう…」
 何時まで経っても自らの思考から戻ってこないロイエンタールに対し、遂にミッターマイヤーの中で何かが切れた。息を吸い、そして叫ぶ。
「――待てってばロイエンタール!」
「…何だ?」
 自らの名を叫ばれたからであろうか、ロイエンタールはようやくミッターマイヤーに対して反応を返した。瞼をゆっくりと上げ、色の違う両眼が明らかになる。夜闇とライトの光度のせいか、青い左目が微妙な色彩を醸し出していた。
「俺は暴漢なんぞに襲われてはおらん。このフェザーンはそこまで治安は悪くない」
 ミッターマイヤーは胸に手を当て、勢い込むようにしてロイエンタールに言う。小柄な彼だから、親友を真っ直ぐ見上げる格好になってしまった。
「俺達は国家要人なのだから、治安云々は大した問題にはならぬだろう…襲った人間に同情して憲兵隊に突き出してないとか言うなよ?」
 ロイエンタールは軽く首を横に振った。溜息をつき、そんな事を言う。――敵兵や不正を行った人間に対しては驚く程冷徹になれる人間なのに、単なる恨み程度の一般市民の暴漢ではそんな扱いもしそうだな――と、ロイエンタールは踏んだのである。
 一方、親友にそんな態度を取られ、ミッターマイヤーは少々腹が立ってくる。――自分は真実ではない事を否定しているだけなのに、親友に理解して貰えていない。そんなにも殺伐とした人間か俺は。そんなにも殺伐とした街かここは――そう思ってしまっていた。
 自分の一面が殺伐としている事は、戦争を生業としてある意味過分な出世をしてきたのだから、自覚はしている。しかし、彼はこの街と住む人々を気に入りつつあった。今もまた、先程まで同じ時を過ごしてきた子供達の顔が脳裏にちらつく。
 だから、ミッターマイヤーは一歩踏み込んだ。ロイエンタールに迫り、顔を上げるとすぐそこに親友の顔が行き当たる距離までになった。ミッターマイヤーはグレーの瞳を光らせ、叫んだ。
「ともかく俺は――子供達と公園で遊んできただけなんだ!」
「………何だそれは」
 今度はロイエンタールが意表を突かれる番だった。いくらミッターマイヤーである事を差し引いても、それはロイエンタールにとって、全くの想定外だった。唖然としてしまい、勢い込んで真顔でこちらを見上げているグレーの瞳を只見つめてしまっていた。
「言葉の通りだ。俺は子供と遊んできたから服を脱いでるんだし、遅くなったんだ」
「………冗談にしてはあまり面白くないな。卿ならあり得そうだが、それを実際にやるとなると大馬鹿者だからな」
 ――未だ、ロイエンタールは信じていなかった。腕を組んだ格好のまま、深い溜息をつく。それに対し、ミッターマイヤーは遂に完璧に何かがぶちきれた。大きく息を吸い、そして叫ぶ。
「…いい加減、俺の言う事を信用しろー!!」

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